心が嫌う彼

「えらく人気者でんな?」

「その喋り方やめい」


 昼休みになり、昼食を摂る俺に向かって翔がそう言う。

 何が人気者なのかを敢えて説明するならば、莉愛さんと一緒に登校してきたことだ。

 結局、あれから数時間が経った今でもどうして俺は……っと考える。


(まず大前提として、莉愛さんと一緒に居るのは嫌じゃない……彼女から向けられる視線は、あまりにも心地良いから。そして何よりそんな視線を向けられたら絶対に守りたいとさえ思う)


 それに、亞里亞さんから話を聞いたことで確信したのは……莉愛さんから向けられる視線は間違いなく好意を宿したものだ。

 やらしい話、美少女から好意的な視線を向けられて嬉しくないわけがなく、それもまた心地良かった。


「……なあ翔」

「う~ん?」

「取り敢えず話半分で聞いてくれ」

「分かった。出鱈目程度に聞く」

「あんがと」


 本当に気の利く友人だ。

 ちょい近付けと指でクイッとすると、翔が顔を近付けた。


「俺さぁ……莉愛さんのこと、大切に考えてるんだわ。家が近いのもあって親しくさせてもらっているのもあるんだけど、それ以上に信頼してくれる彼女のことを考えるとさ」

「なるほどな~、つうか一気に進みすぎじゃね? いくら近くに越してきて親しくしてるとはいえ……ま、そこを詳しく聞いても意味はなさそうだもんな」

「それは……そうだな。事情があるにはあるけど、それはおいそれと話せるもんじゃない」

「そうか……まあでも、良いんじゃないか? お前と西園寺さんが良い関係になるのがこう……丸く収まるような気がするぜ」


 こんな風にすぐ理解を示してくれるのも親友ならでは……か?

 それにしてはちょっと様子がおかしいというか、以前莉愛さんが怖いって言った時の雰囲気そのままだ。


「……俺さぁ、よく分からねえ夢を見んだよな最近」

「お前も?」

「あぁ――西園寺さんに似たやっべえ色気を放つ女性に殺される夢」

「っ!?」


 おいおい、そりゃ物騒な夢だな……って笑い飛ばすべき内容なのに、夢って部分に関しては俺も前例があるからな。


「……ま、こういう夢を見ると逆に失礼に思えちまう。夢って所詮夢で、誰がどんな夢を見ても他人に責任は一切ない……だから最近、あまり眠れなくなってることも文句は言えねえ」

「寝れないのか……?」

「あぁ」


 言われてみれば確かに隈があるな。

 授業中やけに頭がカクカクしてたし……もしかして不眠症とかそういう病気に近いものなのかな?


「大丈夫か?」

「大丈夫……としか言えねえか。これ以上酷くなるようなら病院に行くつもりではいるけど」

「……………」


 ……病気の類は仕方ないとはいえ、何も出来ないのがもどかしいな。

 俺としては翔を心配するのと、出来るだけ早く病院に行けと伝えることしか出来ねえか……。


(……莉愛さんに似た人に殺される夢か……なんだよその夢)


 俺が見ていた夢は、実はただの夢ではなかった……そう考えると翔にも何かあるんじゃないかって考えてしまう。


「刀祢君」

「っ!?」

「君は……」


 突然、後ろから声を掛けられて思いっきりビビッた。

 声の主は莉愛さん……どうやら俺に用があるみたい?


「ちょっと良いですか?」

「あぁ……じゃあ行ってくるわ」

「うい~」


 翔に一声掛け、莉愛さんに続いて教室の外へ出た。

 周りの視線などお構いなしに手を握ってくる彼女に、俺は頬の体温が上がるのを感じながらも抵抗せずに付いて行く。

 ただ……今になって気付いたけど、周りからの視線がなくなっていた。

 俺と莉愛さんの存在を無視するかのように周りの人たちが俺たちに気付いていない……もしかしたら、何かしらの魔法を莉愛さんが使っているのかもしれない。


「その通りで、他人が認識出来ないようにする魔法を使っています」

「……口に出てた?」

「いいえ? 刀祢君の考えていることは全部分かりますから♪」

「……………」


 う~ん……なんか今、ヤンデレって奴の波動を感じた気がしたぞ。

 向かった先はちょうど誰も居ない教室……おそらく、こうして教室に入った段階でまた何か魔法を使ったのかもしれない。

 何となくそんな気がする。


「こうして話をしたいと思ったのは他でもありません」

「なんだ?」

「彼は……真鍋君は何者なのでしょうか――私は、彼を見ているとどうにも憎いという感情が沸いてきます」

「……え?」


 ちょっと待て……莉愛さんは何を言ってる?


「真鍋翔君は、刀祢君のご友人なんですよね? 遠目から見ていても確かな信頼関係が感じられます」

「そりゃ……ずっと仲良くしてるからな」

「……悪い人ではないと分かっています。けれど、私は本能で彼のことを嫌いだと思っている――この感情が分からなくて凄く気持ち悪いですが、とにかくそう思っているんです」

「……………」


 これは……莉愛さんがここまで言うのは異常なことだ。

 友人だからこそ分かるのは、翔は決して人の嫌がることはおろか嫌悪されるようなことは絶対にしない奴だ。

 それはこれまでの付き合いで分かっているし、俺の知らない裏の顔があるとかでもない……あいつは本当に良い奴だ――騙されているとか、そういうのも絶対にないんだ。


「私も、真鍋君の人となりは見て判断していますよ。とても良い人だということを……でも、私の心の奥底で彼を嫌うものがある」

「……なあ莉愛さん」

「はい」

「実は、翔もちょっと気になることを言っていたんだ。だからそれを亞里亞さんたちにも相談しようと思ってた」

「……お母さんたちでないとダメですか?」

「え?」

「私ではダメなんですか? 私ではあなたの助けにならないんですか?」

「ちょ、ちょっと――」

「私では……っ!!」


 と、取り敢えずまずは莉愛さんを落ち着かせるところからだ!

 まだ出会って数日しか経ってないけれど、莉愛さんもこんな風に声を荒げるんだなと驚く。

 どうすれば良いのか分からなかったが、俺はほぼ反射的に莉愛さんの体を強く抱き寄せた。


「……あ」


 すると、驚くほどにすぐ莉愛さんは大人しくなった。

 そしてそのまま背中に彼女の腕が回され、いやらしさを感じさせる手付きで背中を撫でられる。


「うふふ……♪」

「……………」


 よしっ、さっきも言ったけど一旦彼女を落ち着かせようそうしよう!!

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