魔女からは逃げられない

 西園寺莉愛は、普通の高校生の女の子ではない。

 祖母も母も魔女であり、そんな血を受け継ぐ莉愛もまた魔女なのだ。


『私は魔女の一族……今を生きる残された血を持つ一族』


 莉愛は自分が他とは違う人間であることに違和感を覚えるようなことはなく、むしろ素敵な両親と祖母の血を引いていることから決していつ何時も誇りに思っている。

 というより、彼女は生まれるその瞬間からある声を聞いていたのだ。


『ったく……俺はもう死んでるってのに、それでもこうして少しだけ言葉を届けられるのは亞里亞たちが傍に居たからかな?』


 それは優しい男性の声だった。

 知らないはずなのに魂が知っているような……それこそ、まだ生まれる前の莉愛の記憶に刻まれることが約束されている声。

 これは彼女が祖母にも母にも言っていない秘密の一つとして、彼女が一番最初に聞いた声はその男性のものだった。


『世那ってば、なんでこんな……というか良く保存とか出来てたなとかいつしたんだよとかは怖くて聞けないし、その機会もないけど……でもまさか自分の娘の子供がこうなるなんて思わないだろ』


 それは……どういうことなのかと聞きたかった。

 自分は、あなたに望まれない存在なのかと絶望しそうだった……けれど次に続いた言葉が莉愛を安心させてくれた。


『でもきっと、俺の愛する娘の子だから可愛くて……ビックリするくらいの美人に育つんだろうなぁ……いや、絶対にそうなるよきっと。そんでもって亞里亞や世那のように優しい子に育つはずだ』


 そう言葉を囁かれながら頭を撫でられている気分だった。

 その優しさを言葉だけでなく、実際に触れてもらって味わいたい……早くあなたの元へ行きたい。

 産まれたい……早く……早く!

 そんな意思を持って莉愛は産まれたのだ――彼女は産まれる前から声の主である刀祢を愛し、焦がれている。


「……ぅん……あぁ……っ♪」


 過去の記憶を思い返し、本能で理解した彼とのことを想像すると莉愛は体に触れる手を我慢出来ない。

 自分の気持ち良い部分を執拗以上にイジメることが好きな莉愛は、この場所に越してきてから更に激しくなった。


「刀祢君……刀祢君……っ」


 彼は今、何をしているのだろうか。

 それを想像するだけでも楽しいし、彼との日々を妄想するだけでも何時間だってそうしていられる……想像するだけでこれなのだから、学校で話が出来る時間……更には彼と一緒になる登下校の瞬間にはもう莉愛の体は刀祢のことしか考えていない。


「お母さんたちの気持ちも分かってます……でも私だって、刀祢君ともっともっと親しくなりたい。あの人ともっと深い関係になりたい……あの人だけの世界に行きたい……刀祢君さえ居れば何も要らないんです」


 莉愛の精神と、そして体は既に刀祢に適応しようとしている。

 これは既に亞里亞と世那も分かっていることだが、相性で言えば亞里亞以上の逸材だ。


「刀祢君……♡」


 体の上下に伸びる手に最後の力が加わり、莉愛は目を見開くようにしながら腰を浮き上がらせる……そしてびちゃっと音を立てて落下し、荒く息を吐きながら莉愛は満足げに妖しく笑った。


「早く……あなたが欲しいですぅ♪」


 刀祢を良い意味でも悪い意味でも脅かすのは亞里亞と世那だけではなくここにも一人……幼い愛が暴走しようとしていた。



 ▼▽



「……おはよう母さん、父さんも」


 朝になり、両親の写真に挨拶して最近のことを報告する。

 いくら傍に居ないからとはいえ、亞里亞さんたちのことを話すのは難しかった……というか恥ずかしかった。


「今日から俺……どうなっちまうんだろうか」


 亞里亞さんたちの事情を聞き、今日から何かしらの変化はあるだろう。

 それはあくまで予想の域を出ないけれど、起きてからの俺はずっと昨日のことを思い返し……そして完全に意識してしまっている。


「学生には……荷が重くないかいな」


 取り敢えずなるようにしかならない、そう思い俺は家を出た。

 考えることが多かったせいで朝食も作ってない食べておらず、途中でコンビニによってパンでも買うとするか。


「おはようございます刀祢君♪」

「お、おはよう……」


 しかし、家を出てすぐに絶賛心を掻き乱す一家の一人に遭遇した。


「り、莉愛さん……」

「どうしたんですか? 凄く驚いたような様子ですけど……」


 こちらの様子が気になるらしく、サッと彼女は近付く。

 覗き込んでくる大きな瞳にドキッとしたのも束の間、鼻孔をくすぐる甘い香りに心臓がドクンと跳ねた。

 これは今までと違う……明らかに意識してしまっている感覚だ。


(これ……絶対に亞里亞さんと話をしたからだ!)


 絶対にそうだと確信する……そして連動するように思い出すのが、体育の時に汗だくの莉愛さんが倒れ込んできたあの瞬間だ。

 下半身に血液が溜まりそうになるのを何とか堪えるように、俺は小さい頃に見てトラウマになったB級ホラー映画を思い出す……あ、朝から嫌な気分になったわ……。


「何かあれば言ってくださいね? 私、何か力になれることがあればなりたいので」

「あ、あぁ……ありがとう莉愛さん」

「っ……あなたにお礼を言われるだけで嬉しい♪」


 えっと……昨日からやけに変わってないですかね?

 今日は昨日みたいに亞里亞さんたちが外に出ていることはないらしく、ちょっと寂しいなと思うも歩き出す。


「お母さんと祖母はちょっと故郷の方に戻っています」

「故郷……? 昨日は遅い時間にこっちに居たのに?」

「魔女に関しては教えてもらったんですよね? ほら、魔法を使えば移動なんてちょちょいのちょいですから」

「あ~……魔法ってすげえや」

「ふふっ、私も凄いの使えるんですよ?」


 ニコッと微笑んだ莉愛さんだけど、確かに彼女もそうなんだよな。

 というか魔法ってやっぱすげえんだ……いやいや、普通の人間に扱うことの出来ないチート能力だからそりゃすげえや。


「ちなみにどんなのが使えるの?」

「どんなことが出来るかと言われたらキリがないので……絶妙に日常生活で使えそうなものにしましょうか?」

「うん」

「お風呂に入らず体を洗う魔法とか、お腹が痛くなった時に腹痛を治すだけでなく便を消したり、暑い中でも体温を一定に保ったり、寒い時も逆が出来たり、お腹が鳴る音を消したり、おならをしても無臭にしたり、他にも色々とありますね」

「おぉ……なんというか、絶妙に困った時使いたい魔法ばかりじゃん」


 特に腹痛になった時にそれって最高じゃん……授業中に腹が痛くなったりするのがマジで地獄だからさ。


「寝ていても先生に気付かれず、決して指名されないようにする魔法とかもありますよ」

「神っすか」


 魔法……良いねぇ。

 それから俺たちは言葉が途切れることなく歩みを進め……一緒に学校まで着いた。

 妙に集まる視線に首を傾げながら、教室まで一緒に莉愛さんと歩く。


(……あれ? なんで俺、全く気にしてないんだ?)


 もはや後の祭りというやつだが、俺は学校が近付いてきても莉愛さんが傍に居ることに疑問を持たず、更には集まる視線に対して妙にみんな見てくるなとしか思わなかった。

 ……あれ? どうなってるんだ?


「刀祢君?」

「あ、えっと……ごめん何でもない」


 俺はそう返したが、流石に噂になるのは避けられなかったようだ。

 あまりにも早とちりした噂だが、俺と莉愛さんが既に付き合っているなんて噂が流れ始めたのもその日のこと……マジで勘弁してくれ。

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