ナミダ

「こら、あまり西園寺さんを困らせないの!」


 教室で人が集まると、我らが学級委員長が莉愛さんを守る。

 俺も莉愛さんを可能な限り守りたいって気持ちはあるけど、やっぱりあんな風に同性に守ってもらえるのは嬉しいだろう。

 というか、傍目から見てても莉愛さんは他人と打ち解けるのが早い。


「ま~た西園寺を見てんじゃん」

「おっとすまん」

「まあ良いけどよ。お前が西園寺を見る視線って、いやらしさがなくて心配ばっかだしな」

「……気にしすぎとは思ってんだけど、気になってさ」

「ほんと、優しい奴だよお前は」


 でも、優しいって評価してもらえるのならありがたいもんだ。


『アンタさ、西園寺さんと仲良いみたいだけど狙ってたりするの?』

『流石に過保護すぎじゃない? ちょっとキモイんだけど』


 実はさっき、校内の掃除を終えて教室に帰る途中に言われたのだ。

 うちの高校は……あぁいや、どこの高校も基本的に一日に一度は清掃時間があるはずだ。

 学校だけじゃなく俺の心も汚れが落ちたような晴れやか気分だったはずなのに、いきなり呼び止められてこれだ。


「何かあったのか?」

「あぁ……ちょっとな」


 これは……どうしようか。

 別に悪口を言われたわけじゃ……まあキモイとは言われたけど、それくらいの言葉に傷付くような弱さは持ち合わせてない。

 というかいきなり言われて驚きの方が勝ったくらいだしな。


「ま、いっか」


 俺は素直に話してみた。

 おそらくは彼女たちにとっても莉愛さんと仲良くしたいが、それ以上に仲の良い俺に対して嫉妬したんじゃないかと付け加えて。


「それでも言い方ってもんがあるだろ。キモイとか言った時点で俺はそいつらが許せんが?」

「堪えてくれって」

「ったく……あの二人か」


 ちなみにその二人は、莉愛さんの傍に控えている。

 莉愛さんは近くに居るクラスメイト程度の認識だろうけど、彼女たちは心底嬉しそうに笑顔を浮かべていた。


「お前がどうでも良いって思ってんならそれで良いか」

「おう」

「じゃ、放課後は一緒に遊ぼうぜ」

「そうすっか」


 やはり友人という存在の大きさは凄いなぁ。

 その後、終礼を終えてから翔と一緒に学校を出た……ただ、向かった先が結構刺激的な場所だった。


「いらっしゃいませ~」

「イチゴちゃ~ん! 今日も可愛いねぇ!」

「ありがとう翔君♪」


 言ってしまうとメイド喫茶だった。

 別に刺激的でも何でもないお店だが、こういう場所に来るのは初めてだったので少々緊張した。

 しかし途中からは翔と、そんな翔と仲良しのイチゴさんのおかげで雰囲気にも慣れ、ミルクさんという優しい女性が話し相手になってくれたのも大きかった。


「ふぅ……」

「満足したか?」

「いやぁ……悪くないな!」


 メイド喫茶以前に、喫茶店にもあまり行くことはない。

 けどああいう場所も悪くないなぁ……でも一人で行くのは少し恥ずかしいので、また翔が誘ってくれた時に喜んで行くとしよう。


「っ!?」

「どうした?」


 なんだ……?

 今、一瞬体を冷たい風が吹き抜けたような……不気味な寒気がしたようなそんな気がした。

 だが不安を煽るようなものではなく、あまりおいたをするんじゃないと優しく忠告されたような気分だ……って何を言ってんだか。


「じゃ、また誘うから一緒に行こうぜ」

「よろしく頼むわ」

「くくっ、ハマったなぁ?」


 うるせえよ、そうは言いつつも俺は笑っていた。

 翔と別れたくらいで時刻は五時過ぎとなり、少しばかり駆け足で家に帰宅した。


「あ……」


 玄関に着いた時、ふと後ろを見た。

 帰った時に明かりがないうちと違って、帰ってきた莉愛さんを迎えるであろうその家は明かりが点いている……俺はそれが、純粋に羨ましくてジッと眺めてしまう。


「……………」


 両親が亡くなったのは、不幸な事故だ。

 何かあれば遠慮なく頼ってほしいと祖父母にも言われているし、こうして勝手に悲しんで感傷に浸っているのは俺自身の問題だ……羨ましいとか悲しいとか、そんなことを考えても俺がこの家に居ることを選んだのだから仕方のないことなんだ。


「今日……何を食べるかな」


 母さんの作ったカレーライスや……豚カツとか、味噌汁なんてありきたりなモノに至るまで全部美味しかったなぁ。

 今日はやけに気持ちが沈んでしまうなと苦笑し、無難にカレーでも作ることにした……のだが、いざ作ろうとしたところでインターホンが鳴ったのである。


「誰だ?」


 まさか……いやいやそんなまさかな。

 なんてことを思いつつカメラで確認すると、そこにはラップで蓋をされた皿を持つ世那さんが居たのである。


「マジかよ……ほんとだったわ」


 まさかの予想的中に驚きつつ、すぐに玄関へと向かった。


「あ、こんばんわ刀祢君」

「どうもです……世那さん」

「これ、おすそ分けに来たの」

「……おぉ!」


 何を持ってるのか気になってたけど、これは肉じゃがだ!

 ラップで蓋をされていても美味しそうな匂いが漂う……いや、美味しそうじゃなくて確実に美味しいであろう確信が持てるほどだ。


「良いんですか……?」

「良いの。えっと……夜だしご家族の方は居るんだよね?」

「……えっと」


 あ、そう言えば家のことに関しては伝えていなかったか。

 まあいくらお向かいに引っ越してきたとはいえ、内容としては重たいのもあるし、そもそも元から伝える気は一切なかった。

 普段なら話すことはしない……でも、やっぱり俺は彼女たち……世那さんたちを前にすると気持ちが揺れてしまい、自分の中のラインをいとも容易く取っ払ってしまう。


「実は俺……一人で過ごしています」

「え?」

「祖父母は居るんですけど、両親との思い出が残るこの家から離れるのが嫌で……我儘を言ってここに」

「……そうだったの」


 あぁ……言ってしまったか。

 厄介な家の人間だと思われなければいいけど……でも、そう考える時点で俺は世那さんという人を見誤っていたんだろう。


「お邪魔しても良い? 一緒にご飯、食べない?」

「あ……」


 その問いかけに、俺は頷くのだった。

 そちらの家の方は良いのかと聞くと、莉愛さんも亞里亞さんもこうなることは予想しているだろうとのことで気にしなくて良いらしい。


「……………」

「ありがとうございます」


 世那さんはまず、仏壇にお参りをしてくれた。

 本当に……本当に優しい人だ。


「ご挨拶をしたよ。それと、今日の夕飯はしっかり見守らせてもらいますとも伝えたから!」

「あ、どうも……」

「良いの良いの! こうなると肉じゃがだけだと足りないし、他にも何か作ってあげる」


 流石にそこまでしてもらうわけには!

 そう伝えるも世那さんは遠慮しないでと言って台所に立ち、すぐに料理を始めた。

 冷蔵庫に残る食材は寂しいものだが、世那さんはそこから作れる最高の料理を仕上げてくれた――良い香りが充満するリビングで、俺は口から涎が零れそうになるほどの気持ちで作られた料理を見つめている。


「さ、どうぞ」

「いただきます!」


 やっぱり最初は、印象深い肉じゃがを頂くことに。

 口に入れて噛み締めると、程よい温かさで甘みが広がっていく……こんなに美味しい料理は久しぶりだし、手作りだからこそ込められている愛情も強く感じた気がした。


「……あ」


 そして、その優しさを感じた俺は涙を流した。


「す、すみません俺――」


 いきなり泣いてごめんなさい、情けない姿を見せてごめんなさいって言おうとしたのに、世那さんに抱きしめられたのだ。


「良いの……ほら、落ち着くまでこうしてあげるからね」

「っ……」


 それからしばらく、俺は世那さんの温もりを感じていた。






 悲しませない、寂しくさせない、愛を与えたい。

 魔女たちはそう願い、行動に出るのもすぐのことだった。

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