カラダハオトナ

「あ」

「あ♪」


 色々とあった……ありすぎた翌日の朝だ。

 昨日のことが全く忘れられなかったが、今日も学校なので家でジッとしているわけにもいかない。

 そうして外に出てすぐ、向かいの玄関先で莉愛さんを見た。


「おはよう……」

「おはようございます♪」


 あぁ……朝から美少女を見れて感無量、一片の悔いがないなんてことはないから死ねない。


「っ……」


 クソッ……当初心配していたことがハッキリと出てきやがる。

 というのも改めて昨日、亞里亞さんと会ったからか……そこそこに刺激的なやり取りをしたせいもあって莉愛さんを見ても意識してしまう。

 莉愛さんを通して……あの優しい目をした……それこそ、現代に生きる魔女のようなあの亞里亞さんを見てしまう。


「どうしました?」

「いや、何でもないよ」

「?? あ、そう言えば昨日祖母に会ったとか」


 ドクンと、心臓が跳ねたが莉愛さんは笑った。


「祖母ったらまるで私くらいの子供みたいにはしゃいでたんですよ。引っ越してきて最高の出会いがあったって」

「……………」


 どうやら亞里亞さんは、莉愛さんたちに話をしたらしい。

 というか子供くらいにはしゃいでたって、そこまで亞里亞さんは嬉しかった出会いだと思ってくれたのか……なんか、すげえ嬉しいな。


「……その、莉愛さん」

「何ですか? というか凄く深刻そうな顔ですね……っ!」


 そりゃ深刻そうな顔もするって。


「今から俺、不躾というか……失礼なことを聞くと思う。それを言ってしまう俺が悪いんだけど、どうか嫌わないでほしい」

「そんなことはありませんよ。それで、そこまで言ってしまうこととは何でしょうか?」


 ふぅっと息を吐き、俺はその先の言葉を口にする。


「一応……亞里亞さんって莉愛さんの祖母なんよな?」

「そうですが……あぁそういうことですか! 見た目が若作りのレベルじゃないってことですね!」


 あ、この子ったらハッキリ言っちゃったよ。

 莉愛さんが口にしたことこそが聞きたかったもので、デリカシーの欠片もなければ嫌われてもおかしくないもの……でも圧倒的に気になって仕方ないのが悪いんだ!


「う~ん……それを話しても良いんですけど、私だけの判断では少し難しいですね。やはりここはお母さんや祖母も一緒の方が良いと思います」

「……そう言うと普通じゃない理由がありそうなんだけど」

「はい、普通のことではありませんね――それこそ、こちらの深淵を覗く覚悟をしていただかないと」

「っ!?」


 深淵……それを思わせる昏い瞳に射貫かれ、俺は分かりやすく肩を震わせて一歩後退した。

 それからすぐに彼女は怖がらせてごめんなさいと謝ったけれど、明らかに普通の雰囲気じゃなかった……とはいえ、このことを今聞くのは止めておこう……生半可な気持ちで聞くべきではない気がする。


「それでは、行きましょうか」

「……おう」


 改めて、俺は彼女と共に歩き出した。

 だがその途中、ふと振り返った――そこには昨日とは違う服装をした亞里亞さんと、世那さんが並んで手を振っていた。

 反射的に二人に手を振り返す……また、ひどく懐かしかった。



 ▼▽



 学校に着いてすぐ、先に来ていた翔と喋っていたのことだ。


「そういや、お前は来たばっかで知らないよな」

「何を?」

「井上の奴、転校したんだってよ」

「……え?」


 井上が……転校!?

 一体どうしてと疑問には思ったものの、莉愛さんを巻き込んだやり取りのこともあり、面倒な奴が消えたなと……逆に俺はホッとしたくらいだ。


「……はぁ、俺ってこんなに冷たい奴だったのか」

「いきなりどうしたよ」

「いや……」


 翔になら……この胸の内を話しても良いか。


「いきなり転校ってなると、何かしらあったわけだろ? 昨日は普通に学校に居たわけで、それで今日いきなりだから」

「そりゃそうだろな」

「……昨日のやり取りのせいでさ……居なくなって逆にホッとしたって俺は思ったんだよ」

「はは~ん……お前って優しいな」

「え?」


 優しい……俺が?

 逆に冷たい奴だなって言われると思ったんだが、流石に予想外過ぎる言葉に目を丸くする。


「いきなり転校生に絡んだりする以前に、あいつは悪い噂が多かった。だから刀祢がホッとしたってのは間違った感情じゃない……俺が優しいって言ったのは、そう思った自分のことを冷たいって思えることがやさしいじゃねえかって言いたいんだよ」

「……なるほどな」


 なんだ、そういうことか。

 まあそれを聞いても俺自身は優しいだなんて思わないけれど、翔がそんな風に言ってくれたのなら胸にあったモヤモヤは少し晴れた。


「つうかよ、本当にあの子と仲良くなったみたいだなぁ」

「まあ、色々あってな」

「その色々が気になるけど、男女のあれやこれやを追及はしねえぜ」

「サンクス」

「おう」


 やっぱり、学校生活の一番は信頼出来る友人だよな。

 ちなみにこうして翔と話している中、それとなく莉愛さんのことも気にはしていた。

 翌日ということもあってやはり多くの人に囲まれているものの、昨日の井上のような絡みをすれば嫌われるというのはもちろんだし、そもそも彼女に迷惑を掛けたくないという気持ちは一致しているらしく適切な距離感を保ってくれているので一安心だ。


「……くくっ」

「なんだよ」

「いやさ、今日は体育だぜ?」

「体育だな。それが?」

「体育館で女子と合同……つまりはそういうことだ!」

「……あ~」


 そういや、最近は気温の高い日が続いてるから体育館なんだっけ。

 前の時も体育館の半分で男女別れてやってたし、今回もたぶんそうなりそうか……って、こいつが言ってるのは絶対莉愛さんって有望株を見たいからだろ!


「高校生とは思えないスタイルの良さ……是非とも体操服姿を見たいだろうがよ!」

「それは……悔しいことに俺も思う」


 そして、恐ろしいくらいに早く時間が経った。

 俺たちの予想通りに体育は男女共に室内ということで、思いっきり体を動かして運動した俺は視覚的なご褒美を味わう――もちろん、莉愛さんが動いている姿だ。


「……すっげぇ」


 揺れてる……その迫力が尋常じゃない。

 うちのクラスには他にスタイルが良い女子は居るものの、流石に莉愛さんほどの子は居なかった。

 それもあって見ているのは当然俺だけじゃない……というか莉愛さんみたいな人が高校生って、絶対思春期が狂わされる気がする。


『刀祢~! 一緒にバレーしない? 人数足らなくて!』

『お、俺なの……?』

『まあ私が一緒にやりたいだけ! でも人数が足らないのもほんと! だからこっち来てちょうだい!』


 ……また、聞き覚えがないはずの声が……亞里亞さんの声が脳裏に響き渡った。

 どうして今それが聞こえたのか……目の前でバレーをやっている莉愛さんの姿が関係あるのかどうか……ありそうだなって直感で思った。


「……あ」


 その時、休憩に入ったであろう莉愛さんと目が合った。

 彼女はヒラヒラと手を振ってきたので、俺もまた振り返す……するとすぐ傍に居た翔がこの野郎と言ってニヤニヤしながら肩を小突く。


「見せ付けてくれるねぇ……いやぁしかし、俺の見立てとしてはHよりのGだな」

「やめとけ」

「別にちょっかい掛けるわけじゃねえし良いだろ」


 それならまあ……ちょっかいを掛けるわけでもなく、本人に聞こえるわけでもないしそれなら良いか。


「んで、HよりのGだと思うがお前の見解は?」

「……Hだろ。Hすぎるわ」

「Hだなぁ……だからこそ、色々と気を配ってやりたいところだ。まだ一日しか経ってないのに先輩とかにも話は行ってるみたいだし」


 やっぱりそうなるよな……これから先、もっと彼女は良い意味でも悪い意味でも有名になっていくはずだ。

 こうして知り合った以上は、何もないことを祈りつつも何かがあれば守ってあげたい。


「そんなに顔を寄せ合って何を話してるんです?」

「え?」

「うん!?」


 え、なんで……?

 サッと顔を上げた俺と翔は、いつの間にか目の前に居た莉愛さんの姿に目を丸くする。

 運動したせいで汗を掻き、肌に張り付く髪の毛が色っぽい。


「西園寺さん危ない!」

「え――きゃっ!?」

「うおっ!?」


 悲鳴の後、バレーボールが莉愛さんに迫った。

 莉愛さんは咄嗟に回避を試み、何故か座っている俺に飛び込んだ。


「むがっ!?」


 倒れ込む俺……そんな俺の上に倒れた莉愛さん。

 彼女の豊満すぎる双丘は俺の顔面を押し潰し、汗で濡れた体操服から香る彼女の匂いを盛大に吸い込む。


「ぅん……っ」


 取り敢えず退いてくれと、焦って起き上がったのは言うまでもない。


(つうか……ボールが不自然な動きしてなかったか?)


 なんて一瞬思ったものの、顔を赤くして見つめてくる莉愛さんのせいでその考えも吹き飛ぶ……取り敢えず土下座して謝ろう。

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