マジョ

「……っ!?」

「ねえ、本当に大丈夫なの?」


 ……………。

 今、確かにこの女性からキスをされたような……唇の感触さえも脳裏に焼き付くほどだったはずなのに、あれも井上のように俺が見てしまった幻覚らしかった


「疲れてるのかも……しんないですね」

「それを聞くともっと心配になるけれど?」

「っ!?」


 むにゅっと、肩にグラビアアイドル並みの胸が押し当てられた。

 俺の隣に腰を下ろした女性が心配そうに……心配……パイ……じゃなくて、とにかく心配されているのにドキドキしてるのが浅ましいと思ってしまう……でも無理だ男の子だもの。


「それにしてもビックリしたわ。目が合った途端、いきなりフラッとしたんだもの。もう少し先とはいえ暑い季節が来る……熱中症とかだったら心配だわ」

「いえ、その心配はないと思います……はい」


 えっと……一旦頭を整理しよう。

 俺は目の前の女性にキスをされた幻覚を見たらしく、そのせいで倒れそうになりこの女性に支えられ……こうして今、近くのベンチに腰を下ろしている。


(クソッ……なんて綺麗な人なんだ……本当に人間か?)


 莉愛さんや世那さんにも同じことを思ったようなものだが、この人に関しては次元が違う。

 美貌の魔女……正にそんな言葉がピッタリだ。

 莉愛さんたちにあまりにも似た顔立ちだとしても、雰囲気から全てに至るまでがいやらしいというか……ストレートに言うとエロくて、溢れ出る魅力に本能が手を伸ばしそうになる。


(……体に触れたい……その大きな胸に触ったり、ムチッとした太ももに触ったり……とにかく色々なことがしたい)


 俺って、こんなに見境がない人間だっけ……?

 逆にそう自分に問いかけることが出来るくらいには余裕があるのかもしれないが、とにかく異常なまでにこの女性はエロい。


「……ふふっ♪」

「どう……したんですか?」

「ううん、昔にも似たようなことがあったなって思ったのよ」

「昔……?」


 女性は頷き、笑みを浮かべながら言葉を続けた。


「昔にもこんなことがあったのよ。私にとって何よりも大切な人が同じようにフラッと倒れそうになって……それでこんな風に寄り添って、その時に彼はなんて言ったと思う?」

「……ありがとう?」

「もちろんお礼も言われたわ。でも正解はこうよ――心配させて……シンパイ……パイパイ……じゃなくておっぱい……じゃなくて、エロい君が悪いってね」

「そ、それは最低では……?」


 流石に女性に対してストレートに言うのはどうかと思う。

 でも……ちょっとビックリした――だってパイの下りが完全に俺の思ったことだったからだ。

 でもそっか……この人にも大切な人ってのは居るよなそりゃ。

 こんな美人を射止めた人ってどんな人なんだろう……けど何故か嫉妬心が漏れ出そうになる……会ったばかりの人だぞ? あぁいや、これはたぶんこんな美人を射止められて羨ましいなこの野郎っていうやつだきっと。


「私は、これでも男嫌いなの。異性が私に寄ってくる理由は、私の容姿が優れているというのは分かっている……でも、だからと言ってそれを私が嬉しいと思っているかは別でしょ?」

「それは……そうですね」

「だから大変だった……けれど、彼だけは心の内側に入ってきても嫌じゃなかった……むしろ嬉しかった。だってその頃から私は、彼のことが気になっていたから。私の秘密を知っても怖がったりせず、惚れたから傍に居るって言ってくれたことが嬉しかったの」


 そう言う女性の表情は幸せに満ちている。

 言葉と雰囲気からその男性に対して絶大なまでの信頼を抱いていることが伝わってくるのだ……でも男嫌いか――こうして和やかに話していても俺のことも鬱陶しく思ってるのかな?

 ……いや、声を掛けてきたのは彼女だしそれはない?


「あ、もしかして男嫌いの部分に不安に思った?」

「え?」

「表情に出てたのよ」

「っ……」


 クスクスと笑う女性の姿に、俺は恥ずかしくなって下を向く。

 変だ……莉愛さんや世那さんを前にした時もおかしかったけど、この人の場合は更に自分自身が分からなくなる。


「あなたは別よ――あなたは彼に似てるから」

「似てる……俺が?」

「そうよ。そして何より、世那と莉愛もあなたを気に入っている。それもあって私もあなたを気に入っているわ三枝刀祢君?」


 似ている……彼とはその男性に?

 気になることは多いけど、やっぱりこの人は莉愛さんや世那さんの関係者……だとしたらこの人の名前は――。


「亞里亞……さん?」

「正解♡」


 女性……亞里亞さんは俺の頭を胸に抱き込む。

 圧倒的ボリュームの弾力にまた顔が沸騰しそうなほど熱くなるが、何故彼女は俺が名前を知っていることに驚かない?

 普通だったら怪しむはずなのに……。


「どうして私の名前をあなたが知っているのか……それはきっと、運命なのよ――私たちは出会う運命だった。そういうことなの」

「……運命」

「そうよ、運命――ねえ刀祢君……いえ、刀祢って呼んで良い?」


 その問いかけに、俺は素直に頷くのだった。



 ▼▽



「……ふへぇ~」


 夜、風呂で俺は大きく息を吐く。

 夢で見た女性との出会い……やっぱり亞里亞という名前だった彼女との出会いが、家に帰ってからもずっと忘れられない。


「………………」


 目を閉じれば、彼女の笑顔が脳裏に蘇ってくる。

 話したことも全部……一言一句忘れられないくらいに、亞里亞さんとの会話は楽しくて……それだけ夢中だった。


「でも……莉愛さんの祖母で、世那さんのお母さんなんだよなぁ……」


 いやぁ……あり得なくね?

 ちょうど帰り道が一緒なのもあって色々と聞く機会があって、亞里亞さんは一応そういう立場の女性らしい。

 高校生の莉愛さんの母親である世那さんの母親……そうなってくると年齢もそれなりに行っているはずだ――けれど亞里亞さんの見た目はどう見ても大学生のお姉さんくらいにしか見えない……というか世那さんの姉と言われた方がしっくり来る。


「まあ、世那さんも高校生の娘が居るとは思えない見た目だが……あの家族一体どうなっとる?」


 世の中には年老いても若作りをすることで見た目を誤魔化す人は多い。

 芸能人なんかでも、テレビに出る人でそれっぽい人はよく見る……けど亞里亞さんはそのどれとも違う……というか、レベルが違いすぎる。


「あの人は……人間じゃない気がする」


 人間じゃない……そんなわけあるものか。

 でも、何となくそう思えてしまう俺の頭がどうかしてるのか……それともちょっと中二心が抜けていないのか……どっちにしろ、亞里亞さんだけでなく世那さんにも似たものは感じる……そして何より莉愛さんにも。


「それに……」


 もう一つ知ったこと――亞里亞さんが大切だと言っていた人は旦那さんで、世那さんの父親に当たる人なのだが、その人は十六年も前に亡くなっているらしい。

 ちょうど、俺が産まれる前くらいだろうか。


「もしかして俺……転生者ってやつ!?」


 最近見ていた夢は、明らかに俺視点の物だった。

 でも……それこそそんなわけあるかよって話だし、転生だなんて事象がこの現実世界にあるわけがない。


「……ふぅ」


 一旦、気持ちを落ち付かせて深呼吸をする。

 ……でもさぁ、冷静になって考えてみると俺はある一つの事実にぶち当たった。

 俺は、思いっきり亞里亞さんに対して邪な気持ちを抱いてしまった。

 それってつまり、自分よりも圧倒的に年齢が上の人に欲情したわけで。


「俺……熟女好きなの?」


 なんて、そんなわけはないけど一瞬だけ考えてしまうのだった。

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