キス
俺は、別に目立つことが好きな人間じゃない。
自分から主張することもそんなにないし、目立ちたいという願望も持っていない……けれど、目の前で困っている人が居たら助けたいと思うくらいの優しさは持ち合わせていると自負している。
(彼女が……莉愛さんが困ってる。だからこそ助ける)
そもそも転校した翌日からこれというのも嫌なはずだ。
隣のクラスに所属するチャラ男――井上の評判は悪く、女は引っ掛けまくるし男は気に入らなかったら暴力も辞さないって噂の奴……でもそれがどうしたってんだ。
(……クソッ、気色悪い感覚だ)
何より俺は、あんな奴が莉愛さんと話している事実が気に入らない。
これは嫉妬……? 会って間もない相手に嫉妬なんて考えられないけれど、どうもそれに似た感情なのも確かだ。
まあ良い……今はとにかく、嫌そうに井上を見ている莉愛さんを助けることが先決だ。
「なあいい加減に――」
「いい加減にするのはお前だよ」
莉愛さんの肩に伸ばそうとした井上の手を、逆に俺が握りしめた。
と言っても少々強めに、それこそ若干くらいは痛みを感じるくらいには強く握りしめた。
「っ……てめえ、何のつもりだ」
「何のつもりかはこっちの台詞だ。彼女、転校してきたばかりで困ってんだろうが」
「はぁ? そんなのお前に関係ないだろうが」
「関係ある――俺は彼女の隣の席で、何より同じクラスの一員だ。だから俺が……いや、このクラスの他のみんなも彼女のために動こうとしてんだろうが」
取り敢えず、周りのみんなも巻き込ませてもらおう。
井上の噂を知ってるからこそ、腰を上げかねていたとはいえ莉愛さんを助けるために多くの人が動こうとしていたのは確かだ。
「何だかんだ、転校生に恰好を付けたいだけだろうが」
「美少女転校生には誰だって恰好を付けたいだろ」
ハッキリ言ってみると、井上はポカンと目を丸くした。
「ま、それもあるけど彼女が転校してきたことを後悔してほしくないんだよ。だから俺はこうしてお前を止めて彼女を守りたいと思ってる……だからこれ以上しつこくしても無駄だぞ――俺が守るから」
「あ……」
……言ってすぐに恥ずかしくなったけど、ここで言ったことを誤魔化すようなかっこ悪いことは出来ない。
(……でもまたデジャブだ)
そう、俺はまたデジャブのようなものを感じた。
前にもこんなことがあったような……絶対にないはずだと分かっているのに、妙に既視感のようなものを俺は感じている。
チラッと俺を見る莉愛さんと視線が絡み合った。
彼女もまたポカンとしていたが、彼女のこの表情でさえどこかで見たことがあるような気がしてしまう。
「っ……うぜえなお前」
そこで井上がついに動いた。
いよいよ暴力で訴えるかのように、思いっきり俺の手を叩き落として胸倉を掴んでくる……一応、学校で暴力沙汰を起こせば停学になるくらいこいつも分かっているはずだ。
それでも井上は顔を真っ赤にしながら唾を飛ばす勢いで怒鳴ってきた。
「ゴミ野郎が一丁前に首を突っ込んでじゃねえぞ!? ぶっころ――」
「何だよ、ぶっ殺してやるってか?」
「っ!?」
正直、俺も自分自身に困惑していた。
俺はこんなに気が強いわけがなく、ましてや喧嘩も強いだなんてことは絶対にない……それなのに内側から湧き出る妙な力に背中を押されるかのように、俺は強気だった。
グッと胸倉を掴む手を握り、力を込めれば井上は表情を歪めた。
「これ以上、彼女にちょっかいを出すんじゃねえよ」
そうして逆に手を離させ、更に力を込めた……井上はついに痛いとか細く声を漏らし、咄嗟に俺から離れた。
「く、クソが……っ」
その後、井上はそんな捨て台詞を吐いて教室を出て行った。
奴が居なくなった後、俺は自分の手の平を見つめる……特に何もない自分の手なのに、どうしてあんなに力が出たのか疑問だ。
「す、凄いじゃんか三枝!」
「ちょっとちょっと! めっちゃかっこいいじゃん!」
「俺たちも助けようと思ってたけど……いや、とにかく凄いよ三枝!」
「あ、あぁ……」
そこでようやく、俺は自分のしたことを真に実感した。
分からないことは多いけれど、そんな俺の感覚を吹き飛ばしたのもまた莉愛さんだった。
「ありがとうございます刀祢君」
「……とにかく、何もなくて良かったよ西園寺さん」
「あなたが守ってくれたからですよ――あ、学校でも私のことは名前で構いませんよ?」
「えっと……」
この状況でそれは一番マズいのでは……!?
今度はどういう関係なのかと女子たちの興味ありまくりの視線と、男子からも似たような視線が注がれる。
これは……どう説明した方が良いんだろうか。
縋るように莉愛さんを見れば、彼女は照れるようにしながらこう言うのだった。
「彼は……刀祢君は私が一番信頼している人なんです♪」
「ちょっ!?」
莉愛さんの言葉によって、俺たちの間に何かがあるということだけはクラス中に伝わるのだった。
▼▽
「……はぁ、疲れたな」
そして、時間は流れて放課後だ。
朝から色々とあったものの、莉愛さんが俺の近所に越してきたことなんかを説明し、その縁もあって信頼しているのだと説明してくれた。
彼女からそこまで説明されてしまっては、それ以上を追求するなんてことをクラスメイトのみんながするわけもなく……まあそれでも男子からは羨ましそうな視線を何度ももらったが、特にそれ以上のことをされることも聞かれることもなかった。
「……なんか最近の俺、凄く変だわ」
あの夢を見だしてから……莉愛さんと会って、そして世那さんとも会ってから何かがおかしいと感じる。
おかしい……おかしいおかしいおかしい。
でもやっぱり懐かしいという感情が先に立つ……本当に俺、どこかで彼女たちに会ったりしてない……よな?
「……………」
「おい」
その時だった。
何かが空を切る音がした……それが聞こえた時、ガツンと頭を何かに殴られて……それで倒れ込んだ――っと、そう思ったのに何故か俺は何事もなく立っている。
「……え?」
後ろを振り返れば、そこには誰も居ない。
いや、居るには居るがただの通行人しかいない……俺の気のせいでなければ、今の声は井上だったようにも聞こえたが。
「……??」
……ヤバイ、やっぱり俺って疲れてるんじゃないか?
いよいよ幻聴まで聴こえるくらいに疲れてて……もういいや、今日はもう帰ってちょっと寝てしまおう。
そう思ってサッと体の向きを変えた瞬間、目の前に人が居ることに気付きハッとして立ち止まる。
「しまっ!?」
だがすぐには止まれない。
俺はバランスを崩しながら、目の前の誰かへと倒れ込んでしまったけれど、その人はどうにか俺を受け止めてくれたようで転げることはなかったが、ふんわりとした膨らみに頬を押し付けてしまったのである。
「っ!?」
「大丈夫?」
頭の上から聞こえてきた声は涼し気な声だった。
俺は自分の頬が当たっている部分がどこかすぐに察し、咄嗟に反応して離れたが……その人を見て俺は魂を抜かれた気分を味わった。
「な……っ」
だってその人は……あの人だったから。
夢に出てきた亞里亞と呼ばれた女性……長い黒髪を風に揺らし、服の上からでも分かるほどの圧倒的なスタイル。
正に魔性とも呼ぶべき美貌は恐ろしいほど……そして何より、顔立ちが莉愛さんと世那さんにそっくりだ。
「っ……」
そして同時に胸に溢れるとてつもないほどの懐かしさ。
涙が出そうなほどに胸が締め付けられ、本当に俺はどうしてしまったんだろうと困惑する。
「あぁ……やっぱり魂は覚えているのね」
「何……を」
逆に……少し怖いかもしれない。
全体的に黒が目立つ美貌の女性は、正しくアニメや漫画に出てくるような魔女のような雰囲気も感じさせる。
熱っぽい彼女の視線を見ていると、何かが掻き乱される……それが俺は怖かった。
「す、すみませんでした――」
彼女が誰なのか、今はどうでも良い。
謝ってすぐに立ち去ろうとしたのに……彼女は俺の頬に両手を添え、そのまま――唇を触れさせてきたのだ。
「っ!?」
「ぅん……っ」
何が……起きてるんだよ!?
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