カサナルカノジョ
突如転校してきた美少女――西園寺莉愛。
その母である世那との邂逅を経た夜のこと……この日、刀祢はいつもと違う夢を見ていた。
今まではずっと、ベッドの上から動けず亞里亞と世那から悲し気に見下ろされる夢ばかりだったのに、今回は違ったのだ。
「全く、自分の娘だから良いものを……これが他の女だったら何をするか分からないわよ?」
「ふっふ~ん♪ 流石の母さんも私が相手だとそうなるよねぇ♪」
「俺からすれば可愛い娘なんだが……そろそろ父親離れはしてくれないと将来困りそうだけど」
元気な様子の刀祢に、世那が寄り添っていた。
制服を着ている学生時代の世那は、心から幸せそうな微笑みを携えて刀祢を見つめている。
そこには子が親に抱く親愛は見えるが、よく目を凝らせばそれ以上の感情も見て取れた。
(……やっぱりあの人だ)
莉愛の傍に居た彼女よりも若いが、それがより一層彼女が持つ変わらない美を体現している。
「父親離れとか寂しいこと言わないでよ。私、お父さん以外の誰かと一緒になるつもりはないから」
「えぇ……?」
真顔で放たれた言葉も刀祢は本気にしていない……だがそれは内側から見ている刀祢ではないからこその反応だ。
(……凄い圧というか、怖さがあるんだけど)
言いようのない怖さではあるものの、ハッキリしていることがある。
それは刀祢を含め亞里亞と世那……彼らの家族関係がどこまでも良好だということだ。
妻と思われる亞里亞は言わずもがな、娘であろう世那との関係も非常に良くて……それこそ普通よりも仲が良すぎる家族と言ったところだ。
(嫁さんも娘さんもこれだけ美人なら……大層鼻が高いんだろうな)
刀祢はそう思うも、次に放たれた言葉に思考が停止した。
「ねえお母さん、私がさっき言った言葉は嘘じゃないからね? だからお父さんのアレはちゃんと魔法で保存しててよ。私はそれで赤ちゃんを産むんだから」
はて……彼女は一体何を言っているのだろうか。
何となく分かりそうで分からない……そんな言葉に刀祢はどういうことだと声を大にして聞きたかった。
亞里亞は小さく息を吐き、こう答えた。
「ま、仕方ないわね。私たちは魔女だし問題はないけれど……そうなるとあなたの想いも合わさって、産まれてくる子はあなたに似るわよ絶対」
「見た目はともかく性格もお父さん大好きっ子になるって? 別に良いじゃん!」
「……何を話してるのか全く分からん」
刀祢もその言葉には心から同意するのだった。
かくしてこの不思議な夢は覚める――だが心に留めて置かなければならないのは、世那と言う女性は決して夢の存在ではないということだ。
彼女は同級生の母であり確かに存在している……不可解な懐かしさを抱かせる彼女は、刀祢の家に正面に住んでいるのだから。
▼▽
「……西園寺さん……かぁ」
まさか西園寺さんが……彼女がお向かいさんに越してくるとは。
今日はそれを知った翌日のこと……とはいえ、俺の脳裏に蘇るのはどちらかと言えば莉愛さんのお母さんである世那さんだった。
「……これからどんな顔をして会えば良いんだろう」
昨日……俺は世那さんに抱きしめられるという事態に陥った。
どうしてあんなことになったのか全然分からないまでも、クラスメイトのお母さんに一時とはいえ甘えてしまった事実は消せない……莉愛さんは笑ってたけど、俺の恥ずかしさたるや噴火しそうである。
「名前呼びまで何故か許されたしな……」
その時に西園寺さんって二人を呼んだことがきっかけだが、莉愛さんからも世那さんからも是非名前でと言われてしまい、俺は悩みながらもごっちゃになるくらいなら名前でということで呼ばせてもらったのだが、その時の二人は……ちょっと怖かった。
「……………」
でも……あんな出会いを経験したからこそ、俺としてはじゃあこの異様なまでの懐かしさはなんなんだってことをずっと考えている。
莉愛さんにも感じた懐かしさ……だからこそ、俺は家に残っている昔の写真を全部漁った――その上で、俺の記憶とも照り合わせて絶対に会っていないことを確認した。
「……ま、行くか」
俺の本分は学生……流石に学校をサボるわけにはいかん。
俺以外誰も居ない家から出ると、目の前に立つ立派な西園寺家が目に入る……そしてそこには、世那さんが水撒きをしていた。
「あら、おはよう刀祢君」
「お、おはようございます……」
目が合った瞬間、ドキッと心臓が跳ねた。
莉愛さんもそうだがこの人もあまりに美人過ぎる……人の美しさを称える言葉なんていくらでもあるはずなのに、変に飾らずストレートに美人だと言った方が一番正しいような気にさせてくるほどだ。
「莉愛はもう学校に行ったの。あの子ったら結構早く出ちゃってね? その理由が色んな場所を見ていきたいかららしいのよ」
「はぁ……」
「せっかくだし刀祢君と一緒に行けば良かったのにね」
「それは……ちょっと学校で怖くなりそうですね」
「ふふっ、ならないと思うけれどね」
いいやなりますね……だって昨日も莉愛さんの人気は凄かったのに、転校してきた翌日に男子と一緒に登校とか何を言われるか分かったもんじゃないぞ。
「ならないよ。だからあなたは普通にしてて大丈夫」
「……はい」
この妙な自信は何だろう……というか、やっぱりこうして世那さんと喋っていると不思議な気分になる。
「そういえば、莉愛が出ていく時もそうなんだけど……私たちの家では一日の始まりにすることがあるの。それを刀祢君にもしてあげようか?」
「えっと……何ですかそれって」
「それはねぇ」
ニコッと綺麗に微笑んだ世那さんは、そのまま俺に近付く。
瞬時に昨日の記憶がフラッシュバックする中、世那さんは俺を抱きしめた……ふんわりとした大きな胸の感触で顔面を包み込むように。
「今日も一日、頑張ってね」
「っ……」
頑張れ……その言葉は俺の恥ずかしさを吹き飛ばす。
吹き飛ばすと言っても恥ずかしいことに変わりはないんだが、それでもこうして大人の誰かに頑張れと優しく言われたのは久しぶりで……ちょっと胸が熱くなった。
「頑張れって言葉は大きな力になるって、私の大好きなお父さんがずっと言っててこうしてくれたの。私が幼い頃からしてくれていたことで……それを私も大事なこととして受け継いでるって感じかな」
「な、なるほど……」
その後、すぐに俺は離れたのだが……その時の悪戯が成功したかのような世那さんの表情を直視出来なかった。
(お父さん……か)
やっぱり……昨日のは聞き間違いだわ。
そりゃそうだ……同級生のお母さんにお父さんって呼ばれるなんて勘違い……冗談でも笑い話に出来ない痛々しい話だ。
「それじゃ、学校頑張って」
「はい!」
こうして、俺は世那さんに送り出されるのだった。
朝からあんなことをされて元気が出ないわけもなく、俺って単純なエロガキなだけかもしれないけど……まるで魔法でも掛けてもらったかのような不思議な気分だ。
(でも……同級生のお母さんにドキドキしたのはどうなんだ?)
……結論、俺はとんだエロガキかもしれん。
脳裏に刻み付けられた世那さんの香り、弾力、温もりを必死に忘れるようにしながら学校に着き教室へと向かう。
だが……教室に入ってすぐ、隣のクラスに所属する評判の悪いチャラ男に絡まれる莉愛さんが居た。
「なあ西園寺さんさぁ、良いだろ?」
「嫌です。頷くことはないので諦めてください」
「そう言わずにさぁ」
まあ、美人を前にすればあの男ならそうするだろう光景だった。
転校の翌日にナンパしようとする行動力は大したものだが、あんな風に迷惑を考えられない時点であいつの程度も知れるというものだ。
周りのクラスメイトも莉愛さんを助けるために動こうとしている……けれど俺の足はすぐに動き出した。
(助けないと……俺が彼女を――)
莉愛さんは今のところただのお向かいさんでありクラスメイトだ。
それなのに胸に渦巻くこの気持ちは何だ……? いや、どうして莉愛さんではなく彼女が……夢に見た亞里亞って女性がこうも重なる?
整理の付かない自分に困惑する間もないままに、俺は莉愛さんと奴の間に割って入った。
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