ナツカシサ

 突然だが……って別に不幸語りをするつもりじゃないけど、高校生でありながら俺は一人暮らしをしている。

 というのも両親が既に他界しているからだ。

 父さんも母さんも凄く良い人で……とにかく優しい人たちだった。

 二人が亡くなった原因は不幸な事故……その時は悲しかったけど、問題はその後だった。


『遺産……ですか?』


 二人が遺した莫大なお金が残ったのである。

 ただまあ、俺としてはその辺りのことはよく分からなかったので昔から良くしてくれる祖父母を頼った……と言っても祖父母も両親からその話を聞いていたらしく、良いように管理してくれることになった。

 祖父母は両親が心から信頼していた人たちで、俺も祖父母のことは大好きだし信頼している……ただ、お金というのは面倒な事態を引き起こす。


『確かにそういう話はあったのかもしれない。だが、兄たちの子供に全てを引き継がせるのは違うだろう!?』


 そう言いだしたのは親戚の人たち……俺もそうだが祖父母とも、何より両親とも折り合いの悪かった人たちだ。

 まあこの一件に関しては祖父母の尽力により事なきを得たが、財産を一円たりとも引き継ぐことが出来なかった親戚からは目の敵にされてしまっており、関係性は最悪と言っても過言じゃない。


『わしたちはお前の味方じゃよ』

『えぇ、何かあればすぐに頼るのよ』


 幼いガキの頃から色々とあったものの、こうして良い子に育つことが出来たのも祖父母と……そして両親の教育の賜物ってやつだ。


「……なんて、少し過去を思い返したわけですが」


 なんで敬語……?

 そんなことを言っても家にはツッコミを入れてくれる人は居ない……それもまた悲しいけれどもう慣れちまった。


「……西園寺莉愛さん……か」


 今日転校してきた美少女の西園寺さん。

 なんというか……本当に不思議な人というか、今までに会ったことがないタイプだったのは間違いない。

 でも、見た目からしても確実に明日からまたその人気は顕著に出そうではある……少し話してみた結論としては、性格も凄く良いみたいだし話もしやすかった。


「……………」


 だが……彼女のことを考えれば考えるほど分からないことがある。

 それはどうしてあんなにも懐かしい気分にさせられたのか……それが本当に分からないし俺を困惑させている。


「……なんか……あの夢に関連してるのか分からないけど、よくよく考えて見たら窓から覗く景色はどこか……見覚えがある」


 新しく思い出したこと、それはあの夢で見た外の景色……それがこの街のような気がしたのだ。

 まあ……確実に勘違いだと思うけどさ。


「……五時半か」


 そろそろ風呂の用意をしよう……そう思い立ち上がった時だ。

 ピンポンとインターホンが鳴り、誰だと思いリビングから見えるカメラの映像を確認する――そして思わずえっと声を出した。


「……西園寺さん?」


 そこに居たのは、なんと西園寺さんだった。

 手に持っているのはお菓子かな……でもどうして……?


「……出るか」


 すぐに玄関に向かい、扉を開けた。

 そして……俺は初めて人を見た瞬間、息が止まるというのを経験するのだった。


「あ、こんばんは三枝君。やっぱりここは三枝君の家だったんですね」

「……………」


 西園寺さんが何かを言っている……でも全く耳に入らない。

 何故なら俺の視線は西園寺さんの後ろに立つ女性にこれでもかと固定されてしまったから……確かにカメラの映像から誰か居るのは分かっていたけれど、顔までは見えなかった。


(……嘘……だろ?)


 西園寺さんの後ろに居た女性……それは西園寺さんにそっくりだ。

 強いて言うなら髪の色が違う……西園寺さんの亜麻色の髪と違い、こちらの女性は金髪だ。

 ……いや、冷静に分析するのは止めよう。

 その人は夢に出てきた女性……世那と呼ばれた女性にあまりにも似すぎている。


「ふふっ、私の顔に何か付いてるかな?」

「……いえ」


 あり得ない……何だこれは。


「今日は……どうして?」


 取り敢えずその女性からは視線を外し、西園寺さんにそう問いかけた。

 ドクンドクンとうるさいほどに鼓動する心臓……平常を務めようにも俺はこれでもかとパニックだ。

 それもそう――まさか夢で見た女性が目の前に居るんだぞ?

 そんなの誰だってこうなるに決まっている。


「お向かいさんになったので」

「……うん?」

「お向かいさんになったので」

「……うん」


 待て……お向かいってなんだ?

 そこには確か空き地が広がっていたはず……そのはずなのにいつの間にか、あまりにもご立派な家が建っていた。

 ……あれ? そもそも空き地だったっけ?


(なんだ……?)


 どこか夢心地というか、よく分からない感覚に空き地だったかそうであったかがどうでも良くなってきた。

 ……いや、ここには家が建っていたか。

 そうだきっとそうに違いない……俺はなんてしょうもないことを考えていたんだか。


「それで、これはお土産みたいなものです」

「……良いの? ありがとう」


 物凄く高そうなお菓子の包みをもらってしまった……。


「お返しとかは考えなくても大丈夫です。ここが三枝君の家というのは驚きましたけれど、これも同じクラスの縁ですから」

「はぁ……」

「とはいえ、これは学校外でも仲良くしていただかなくては♪」


 そう言って笑顔を浮かべる西園寺さんからそっと視線を逸らす。

 学校でもそうだったけど、こうして間近で見る彼女の笑顔は本当に破壊力が強すぎる。

 まあ、ニコニコとずっと後ろで微笑んでいる女性もだが……というかこの流れだとこの人はやっぱり西園寺さんのお母さんなのか?

 そうしてジッと見つめていたせいか、その女性が一歩前に出た。


「ごめんね? 娘があまりにも楽しそうにするものだから微笑ましくて忘れてたよ。私はこの子の母で名前は――」


 その時、俺の本能が止めろと言った。

 これ以上俺を困惑させないでくれと、あの夢をこれ以上悩みの種にしないでくれと俺は祈る。

 だが、その祈りは儚く砕け散った。


「西園寺世那と言うわ。よろしくね」

「……………」


 西園寺……世那……あの夢に出てきた女性と同じ名前。

 見た目も同じで名前も同じ……声音も同じで雰囲気も同じ……本当に何がどうなってるんだ……!?


『お前の娘なんじゃね?』


 ……頭の中で翔の言葉が反響する。

 そして俺は、眩暈でも起こしたかのようにフラッとして……そのことにハッとした目の前の西園寺さんではなく、その背後に居たはずの世那……さんに抱き留められた。


「大丈夫?」

「う、うん……」


 いやいや、そこははいだろ!

 ……それなのにどこか懐かしくて……気を抜いたら涙が出そうになったのは何なんだろうか。


「……やっと会えたわ」


 耳元で囁かれた声はきっと聞き間違いだ。

 そうでなくては、彼女が……俺よりも年上で西園寺さんのお母さんがこんなことを言うわけがないんだから。

 ……お父さんって、そう彼女が言うわけないんだから。

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