キオク
「ははっ、随分と疲れた顔してんな?」
「……だってうるせえんだもん」
うるさい……もうマジでうるさいんだ!
というのも原因が彼女に……美少女転校生の西園寺さんにあるだなんて酷いことは言わないが、とにかく彼女とお近付きになりたい連中が近寄ってくるせいで本当に喧しい。
「席が隣だからこうして逃げるしかないってか」
「んなぁ」
「何だよその返事」
それだけ疲れてんだよ察してくれ。
「でも……西園寺さんも凄いよ。隣の俺からしたら死ぬほど面倒だって感じだけど、一切嫌な顔せずに笑顔で対応してんだから」
「それな」
転校してまだ初日なのに、クラスメイトのハートを西園寺さんは鷲掴みしていると言っても過言じゃない。
それくらいに彼女の周りには多くの人が集まり、彼女と友達になりたいと思っているのだから。
「そういう翔は興味ないのか?」
「……………」
美人が大好物の翔だし、きっと興味があると思ったんだが……いやぁっと乗り気ではない意外な反応を見せた。
「なんか……怖い気がしてよ」
「怖い? 西園寺さんが?」
「うん」
怖い……それはまたあまりにも珍しい感想だ。
西園寺さんが転校してきたことで感覚がバグったものの、うちのクラスや他のクラス……ひいては先輩や後輩にも可愛かったり綺麗な子はそこそこ居ると思ってる。
翔は良くナンパというか、相手が嫌がらない範囲で声を掛けていくスタイルだけど……確かに西園寺さんには一切近付かなかったな。
「俺からすりゃ、凄い美人だって感じだけどなぁ」
「スタイル良いもんな」
「あぁ……てか良すぎじゃね?」
「良すぎだわ。Fくらいは確実にあるぜ」
「……ほう」
それは……デカいな。
まあ体つきが凄いのはもちろんだけど、それよりも全面的に押し出されているのがそもそもの見た目の良さだ。
正直……俺はあそこまで綺麗な人をこの目で見たことはない。
(夢は別だけど……)
ただ……やっぱり引っ掛かるのは夢のことだ。
最近になって良く見るようになったあの夢……亞里亞と世那って呼ばれたあの二人にどこか似すぎている西園寺さん。
これは……偶然なのかな?
「そろそろ戻るか」
「あぁ……まだ人集まってっかな?」
「流石にもう居なくなってるだろ」
昼休みも後五分で終わり……流石に西園寺さんの周りから人は居なくなってるか。
それを願いながら教室に戻るとその通りだった。
西園寺さんの周りは驚くほどに静かで、それはさっきまでの熱量を考えたらつい異常に思えてしまうくらいの静けさだ。
「ほらな」
「だな」
これなら安心だと、一息吐くように席へと戻った。
「……ごめんなさい三枝君」
「え?」
椅子に座った瞬間、突然に西園寺さんから謝罪をされた。
一体何に対してだと思っていると、彼女は非常に申し訳なさそうな表情をしながら教えてくれた。
「きっと、私の周りが騒がしかったからでしょう?」
「……えっと」
その通りではあるんだけど……でもそれで彼女が俺に謝る必要は無いし、そもそもそれを指摘されて俺はどう返事をすれば良いんだ!?
そんな風に困惑する俺だったけれど、彼女のそんな表情が見たくなくてほぼ反射的に言葉を紡いでいた……自分でも不思議に思うほどに、何故か自然と。
「確かにその通りって言うとアレだけど、君がどうこうって話じゃないんだ。だからそこだけは誤解しないでほしい」
「でも……」
「ほら、せっかくの転校初日にそんな顔をしないでくれって。じゃないと俺に転校生を初日から表情を曇らせたってレッテルが貼られちまうから」
ちなみに、こうやって話している瞬間も多くの人に見られている。
女子よりは男子の視線が遥かに多く、中には何を話してんだと嫉妬混じりの視線すら少なからずあった。
(……スラスラと言葉が出てきたな)
なんだよ、俺もこんな気が利くというか良いことを言えるじゃないか。
「……ふふっ、じゃあ謝らないでいた方が良いですかね?」
『なら、この場合は謝らない方が良いかしら?』
ふと、目の前の彼女ではない誰かの声が重なった気がした。
そして同時に思い浮かんだのは……夢で見た亞里亞と呼ばれていた女性の姿。
「三枝君?」
「……あぁごめん」
……今は目の前のことに集中しないと。
とはいえ、既に次の授業を行う先生がやってきており昼休みももう終わりの時間だ。
ただ、更に彼女はこう言葉を続けた。
「三枝君、一つお願いがあるのですが……」
「お願い?」
ちょこんと、首を傾げながら手の平を合わせてお願いポーズ……あまりにも似合ってて可愛いその仕草に、ついつい顔が赤くなるのを自覚するくらいには破壊力抜群だ。
「また、教科書を見せていただけないでしょうか?」
「……うっす」
あ、やっぱりそれか……何となく分かってたけど。
彼女に教科書が行き渡るのが明日ということで、今日は今までずっと机をくっ付ける形で教科書を見せていた。
まあそれもあって嫉妬の目が多いのも仕方ないんだが、俺じゃない隣のイケメンである山田太郎君の方には一目もくれることなくずっとこうなんだけど、そのせいで山田からも視線が痛いんだこれが。
「よいしょっと」
「っ……」
カチッとくっ付く机同士……当然のように距離は近くなり、また花のような甘い香りが鼻孔をくすぐってくる。
これだ……これが俺を惑わせるんだ!
甘い香りだけでなく、少しこちら側のページを覗こうとして体を更に近付けるせいで、時折触れてしまう柔らかな胸の感触とか……とにかく俺は彼女に嫌われないようにと表情に出さないよう心掛けるのに必死だ。
「正直、少し不安でした」
「え?」
先生の声が響く中、ボソッと西園寺さんが囁く。
「私にとってここは小さい頃の記憶しかなくて、戻ってきたとはいえ上手く適応出来るか不安だったんです。でもその心配は必要ありませんでしたね……クラスメイトの皆さんも良い人たちみたいですし、何より隣に座るあなたが優しい人で良かった」
「……その、なんか俺の評価高くない?」
なんだか俺の評価が高い……それこそなんでって言いたくなるくらいに高い気がする。
……まあ、社交辞令だよな。
「その通りではありませんか? まあ、知っていたんですけれどね」
「知って……?」
「はい♪」
……ねえ西園寺さん。
マジで俺たち過去に会ったりしてる? やっぱり忘れ去られた幼馴染とかで淡い青春が走り出そうとしてるぅ!?
(……なんて、あるわけねえだろ)
だが……青春とかラブコメとか、そういうのじゃない。
どうしてこんなにも俺は、西園寺さんに言いようのない懐かしさを感じているんだろう――そう、俺は彼女に懐かしさを感じている。
冗談で色々言ったが俺は彼女と会ったことはないはずだ……絶対にないと断言出来る。
けれどこの感覚は……正確には、西園寺さんを通して脳裏を過る亞里亞と呼ばれた女性がどうしてこんなにも……思い浮かぶ?
「次の問題を――」
先生には申し訳なかったが、ちゃんと話を聞いてるフリをしているだけで俺の耳には全く入ってこなかった。
その後、昼からの授業は滞りなく進んで行った。
そうして終礼を前にした時間、また西園寺さんと二人で話す時があった。
「転校初日は凄く楽しかったと、そんな良い報告が出来そうですね」
「家族の方に?」
「はい♪ 母と祖母の二人が一緒なんですけど、引っ越しの際も離れることなくこの街に戻ってきました」
「へぇ」
家族を語る際の西園寺さんは凄く楽しそうだった。
そういうのを見ると羨ましいというか……早い段階で両親を事故で失った俺からすれば眩しささえ感じてしまう。
(家族かぁ……)
……っと、気を抜けば顔に出てしまいそうだな。
しっかし転校初日が彼女にとってそう言えるものであったのなら、隣に座るクラスメイトとしては良かったと思う。
「でもこれから大変そうだけどなぁ」
「え?」
だって西園寺さん、クッソ美人だから告白の数とか凄いことになりそうだもんな。
キョトンとした彼女にそれを伝えようかとも思ったが、まあすぐに分かるだろうと思い何も言わないのだった。
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