第31話 意外な戦いの終わり

 ラフロはまさしく不死身だった。

 どんなに突き刺されても、斬られても、倒れることはなかった。


「いやぁ皆さん強いですね。うっかり急所を守ってしまった場面が何回もあります」


 それどころか、ラフロは感動しているようだった。くるくると手の中で手斧を回している。


「だけど私は倒れませんよ。依頼は完遂させてみせます」

「どうあっても、死ぬ気はないってことか」


 エスリンは葛藤していた。今までの攻防を経て、はっきりしていることがあった。

 それは、彼女は不死身ではなく、ちゃんと殺せる存在だということだ。ラフロは異常に回復速度が早いだけの、ただの人間だ。

 シルビアの安全を確保するのなら、当然抹殺一択。だが、それなら自分が立てた誓いはどうなるのか。


(私としたことが、迷ってるか)


 すでにエスリンの間合いに、ラフロは飛び込んでいた。


「よそ見ですか? じゃあ死んじゃいますね」


 左、右、左、右。ラフロはあらゆる角度から手斧を振り回す。その都度、エスリンは防御し、反撃を重ねる。

 ラフロの攻撃には、必ず反撃することで、少しでも体力を削ろうという作戦だ。


「うーん?」


 ラフロが突然立ち止まった。

 その隙を見逃さなかったフラウリナが動いた。


「! 立ち止まった? 正気……? いや、でも今のうちに!」


 ラフロは防御をしない。その間にもエスリンやフラウリナから斬られている。


「なーんか手応えがなくなりましたね。あの戦技教導官長サマも動かなくなったし」


 考えることを中断したのか、ラフロは再び手斧を巧みに使い、攻撃をいなしていく。

 ラフロの視線にはシルビアがいた。


「あの皆さん、一応聞くんですが、何のために戦っているのですか? これから来る相手を確保するためですか?」

「無駄口は良いから、さっさと撤退してほしいね」

「もう、少しくらい雑談に付き合ってくださいよ。じゃあ、質問を変えますね。皆さんはシルビアサマのために戦っているんですかね?」

「お前がシルビア様を語るな……!」


 フラウリナは静かに激昂する。よりにもよって、ただの殺人鬼に主人を呼び捨てされることの屈辱は計り知れない。

 メイド長はフラウリナの感情のゆらぎを危険視し、彼女のもとまで走った。


「駄目よフラウリナ、落ち着いて」


 フラウリナの剣が僅かに大振りになった。



「やっぱりそうなんですね」



 次の瞬間、フラウリナとメイド長は吹き飛んでいた。ボールが何度も弾むように、二人は離れていく。


「ッ……! なん、ですかこの馬鹿力……!?」

「フラウリナと私の武器がただのパンチで砕けた……。流石〈ニックリア平原の怪人〉、ね」


 フラウリナとメイド長の意識は飛んでいなかった。だが、すぐに立ち上がれるようなダメージでもないようだ。


「二人とも、大丈――」


 エスリンの意識が一瞬、二人へ向いた。

 それこそがラフロの狙いだった。


「動かないでくださいね」


 ラフロの手斧がシルビアの喉元に添えられていた。

 ラフロはニコニコとしており、シルビアは腕を組んだままじっとしていた。


「私が側にいながら汗一つかかない。〈ヴェイマーズの魔女〉は度胸も一流ですね」

「当たり前でしょう。そうでなければヴェイマーズの家名は背負えないのだから」

「内心動揺しているでしょう?」

「むしろ安心しているわ。私の身柄が拘束されたからといって、慌てふためいたりしていないもの」


 エスリン達は動けずにいた。下手に動き、シルビアの首が飛んでしまえば全てが終わる。

 だからといって、このまま何もしないとも限らない。次にまばたきをしたら、シルビアの胴体が真っ二つになっている可能性だってあるのだ。


「ラフロ、何が目的かしら?」

「私はラフロさんと呼ばれるのが好きですよ。礼儀知らずですね」


 シルビアの肌に手斧の刃が食い込んだ。じわりと血が滲む。


「はっ! バカバカしい。さん付けで呼ばれたいのなら、貴方こそ礼儀を正しなさい。そうすれば自然と呼ばれるのよ」

「へぇ」


 手斧を握るラフロの力が強くなった。エスリン達はその光景を目の当たりにしても、動けない。ただ眺めていることしか出来なかった。



「確かに一理ありますね。中々やりますね。そんな貴方は特別にラフロと呼ばせてあげましょう」

「光栄ね。それで、何がしたいのよ」

「本気の戦いをしたくなりました。特にあの〈焔眼えんがん〉と」

「そう言ってくれて、ありがとう。今すぐやれるよ」

「そう思うじゃないですか? ですが、色々と気になることが多いはずなので、そういうの抜きにして戦いたいんですよ」


 その時だった。

 遠くから馬車が近づいてくる音がした。全員、すぐに目標の接近音に気づいた。

 しかし、ラフロはシルビアを小脇に抱え込んだ。


「私の目的はあの馬車にいる人間を殺すことでしたが、もう良いです。貴方たちに差し上げます」


 「その代わりに」とラフロは続ける。


「シルビア・ヴェイマーズを貰い受けます。本気の勝負をするため、一時的に協力してもらいます」

「待てラフロ!」


 シルビアはフラウリナを制止する。


「フラウリナ、動かない。私たちの目的を忘れた? 私の身柄で目標達成できるなら安いものよ」


 シルビアとメイド長の視線が重なり合う。


「メイド長、分かってるわね?」

「ええ、心得ております」

「話がついたようで、何より。それでは私はこのへんで。追って、連絡しますよ」


 風のように、ラフロは消えていった。人を一人抱えているというのに、一瞬で姿を消していた。


「……ラフロ」


 エスリンはただ、ラフロの名を口にしていた。

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