第30話 怪人、再び

「そろそろ見えてきたわね、補給基地」


 シルビアたちを乗せた馬車が、予備補給基地へと着実に向かっていた。道中、何の妨害も無し。ある意味、順風満帆と言って良かった。

 ただし、エスリンたちの表情は浮かないものだった。


「どうしたの皆。何だか元気がないわよ」

「皆を代表して言いますが、かなり空気が重くなってきました」


 メイド長の表情に余裕はなかった。説明不能の不安がのしかかっていたのだ。

 エスリンはこの感覚に少しだけ覚えがあった。


「すごく嫌な予感がしますね。馬車の速度を無理矢理にでも上げたほうがいいかなと思います」


 エスリンのアドバイスを受け、シルビアは御者へ速度を上げるよう要請した。その甲斐あり、馬車は予定よりも早く予備補給基地へと辿り着くことに成功した。


「何、これは……?」


 予備補給基地は血の海だった。

 警備兵はすべからく殺されており、生者の気配はない。


「死んでいる、か。メイド長、フラウリナ、エスリン。戦闘準備」


 シルビアに言われる前に、既に三人は武器を抜いていた。

 それを見計らったかのように、遠くから声がする。



「ようこそ、えっと補給基地でしたっけ? うん、補給基地へようこそ!」



「お前は……」


 エスリンは自然と剣を握る力が強くなっていた。

 高台の縁に腰掛け、明るく挨拶する女性。その顔はよく覚えていた。


「ラフロか」

「だーかーら。ラフロさん・・と、何度も言っているようでしょうがこのすっとこどっこい」

「覚える気はないね」

「ったぁー! これだから今どきのガキは小生意気ですね。殺して脳みそに刻むしか覚える手段がないのですね」


 ラフロが一瞬エスリンから目を離す。すると、彼女の視線はメイド長に止まった。


「あれあれ? ファークラス王国軍の戦技教導官長サマじゃないですか。何であなたサマみたいな大物がいるんですか?」

「貴方クラスのゴミ虫を潰すなら、私が出てくるしかないでしょう?」


 メイド長は思わず出くわしたビッグネームに舐められないよう、昔の感覚で喋っていた。


「なーるーほーど。そういうことでしたか。ふふふ。このラフロさんもそれなりの評価を受けているようで、嬉しいです」

「やるならさっさとやりましょう? ニックリア平原の時以上に矢と槍をご馳走させてもらうわね」


 念の為、メイド長は矢筒と槍筒をそれなりの数持ってきていた。〈ニックリア平原の怪人〉を相手に、どこまで有効かはわからないが、戦力の全投入を覚悟していた。

 対するラフロはメイド長の挑発には乗らず、冷静に返答する。


「残念ながら、今日の私の仕事は貴方たちの滅殺ではないのですよ。用があるのは……お分かりですね?」

「! そうはさせません。貴方を殺し、無事に引き取ってみせます」

「おやおや。やっぱりここが取引場所だったんですね。ラフロさんは安心しましたよ」

「……しまった」


 メイド長がフラウリナの肩を優しく叩いた。


「落ち着いてフラウリナ。あれはラフロの話術よ。上手く乗せられたわね」

「すいません……」

「大丈夫よ。切り替えて。ラフロは心の弱い者から殺していくわよ」

「あー……貴方も来てたんですね。そうですか、なら話法を変えましょう」


 そう言いながら、ラフロはどこから取り出したか、二本の手斧を取り出した。


「とりあえず適当に殺して、残った人とお話しましょう」


 まるで獣のように、ラフロは三人に飛びかかった。

 数の差があるというのに、ラフロは一瞬も臆さない。


「〈ニックリア平原の怪人〉。私が相手です」


 フラウリナがラフロの正面に移動する。直後、双剣と双斧がぶつかり合った。単純な腕力の差か、フラウリナが押されてしまう。

 バランスを崩したフラウリナ、その隙を見逃さないラフロ。ラフロが低い姿勢で飛びかかる。


 次の瞬間、ラフロの脇腹に槍が直撃する。


 ラフロはゆっくりと投擲先の方へ顔を向けた。


「流石の精度。私を殺そうとするマナーの良い殺意が込められていますね」

「黙りなさい」


 メイド長は次に投擲する槍を掴んでいた。


「異名の元ネタを再現してあげるわ」


 続けて一本。また一本と槍がラフロへ突き刺さる。そのどれもが専用の投擲器具でも使ったかのような速度と威力であった。

 針山と化したラフロは倒れることなく、佇んでいた。

 メイド長はラフロの方へ顔を向けたまま、エスリンへ問いかける。


「エスリンの見立ては?」

「ピンピンしてますね」

「どうすれば殺せたと判断して良いと思う?」

「首を飛ばしてようやくってところでしょうね」


 突然、ラフロが自身に刺さっていた槍を掴んだ。


「良い見立てですね〈焔眼えんがん〉。言っておきますが、私の自然治癒力はすごいですよ。重傷でもしばらくじっとすれば治るくらいです」


 まるでまとわりついていた羽虫を払うかのように、ラフロは次々と刺さっていた槍を抜いて、そのへんに捨てる。

 刺さっていた箇所から血が勢いよく流れている。だが、その流れは弱くなっていき、やがて止まった。


「自分の性能の開示なんて、余裕だね」

「そりゃあそうですよ。私の手の内を全て知っているからと言って、私に勝つという話には繋がりませんよ」


 口元が三日月状に歪んだ。なんという邪悪な笑みだろう。

 ――怪人。

 やはりこの言葉が一番しっくりくる。

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