第17話 必ず帰ってきなさい
エスリンとメイド長がシルビアの元へ戻ってきた。シルビアの部屋はいつの間にか、資料で溢れていた。
「フラウリナ、この資料を向こうの壁に貼り付けて」
「分かりました。それと、あの資料はそろそろこちらに移しても良いのでは?」
「確かにそうね。移動をお願いできるかしら」
フラウリナがせっせと動き回り、シルビアは何度も往復し、壁に貼り付けられている資料を確認していた。
もう一往復しようとしたところで、シルビアは二人の帰還に気づいた。
「あらメイド長、エスリンじゃない。お帰りなさい」
「ご無事で何よりですメイド長。それと……やっぱ良いです」
エスリンはすぐにフラウリナがわざと無視しようとしたことに気づいた。
エスリンはあえてフラウリナの目の前まで歩いていく。
「ただいまフラウリナ。何か言うことはない?」
「なんだ。まだ生きていたのですか。てっきりやられたのかと思って、涙の準備をしていました」
「言ったなこいつー」
シルビアとメイド長はそんな二人を止めるようなことはしなかった。とうの昔にじゃれ合いと認識していたからだ。
「メイド長、報告を」
「ええ分かりました。二人で制圧したところ――」
シルビアは瞑目し、メイド長の報告を一言も漏らさないように聞いていた。
時折、メモ帳に何かを書き込んでいる様子が見られた。
「――以上です。おそらく今回は案件が大きいですね」
「私も同感ね。そうか、コニク子爵がねぇ……なら」
シルビアはとある資料の前まで移動し、そこに書かれていたコニクの名前を丸で囲った。
エスリンがそこに書かれている名前を見てみた。すると、そこにはエスリンでも知っている名前が沢山いた。
「これ、ファークラス王国の貴族たちですか?」
「正解よエスリン。これは相関図になっているわ。ヴェイマーズ家が長年調査し、書き起こした秘密の資料なの」
「秘密……あぁ、なるほど。これがあれば、政治がやりやすくなりますね」
「そういうこと。野心ある貴族なら、喉から手が出るほど欲しい資料の一つよ」
「シルビアさん含め、ヴェイマーズ家は色々と狙われるものがいっぱいですね」
ヴェイマーズ家に与えられた役割は貴族の監査。ある意味一番貴族に詳しく、一番貴族から憎まれている存在だ。
それ故に、誰よりも貴族の事情を把握していなければならない。この資料が作り上げられるのは、ある意味当然と言えるだろう。
「さてメイド長、フラウリナ、エスリン。今後の方針を考える時間よ」
三人を座らせ、シルビアは相関図の前に立つ。まるで学校の授業を思わせる構図だ。
「さて、皆が動いてくれたおかげで、人攫い組織の実行部隊がコニク・ヘネツィア子爵の息の掛かった者だということが分かったわ」
「ですが、数ある一つでしょうね」
すかさずメイド長が意見を出した。エスリンも同意見である。この程度の規模なら、制圧されるのも時間の問題だろう。
「そうね。ならもっと視野を広げてみましょう」
そう言うと、シルビアはコニクの名前を中心に、大きな丸を書き込んだ。
「この貴族たちがコニク子爵と関係のある者たちよ。元々懇意にしている家、身内の結婚でヘネツィア家と関係がある家、金銭のやり取りがある家などなどね」
エスリンはその関係の多さに、驚きに似た感情を抱いた。
「貴族の交友関係って広いんですね」
「不勉強ですねエスリン・クリューガ。民を想い、時には国へ意見を出す。そのために横の繋がりを作っておくことは必要なんですよ」
フラウリナがジトーっとした目でエスリンをチクチク攻撃する。
すっかりその物言いに慣れていたエスリンは「フラウリナは勉強家だねぇ。偉い偉い」と返した。バカにされたと感じたフラウリナは立ち上がり、剣を抜きそうになった。
もちろん二人はメイド長に睨まれてしまったとかなんとか。
「話を戻すわね。一つ一つ潰していくのも良いんだろうけど、それは時間がかかるわ」
「となると、方法は一つですね」
「メイド長の想像通りよ。だから次の一手は私の勘で選んだ家の監査。そこからまた芋づる式に情報を引っ張り出す算段よ」
フラウリナが挙手する。
「了解です。時期はいつですか?」
「二時間後よ。いつどうやって相手方に伝わるか分からない。畳み掛けられる内に畳み掛けておきたいわ」
「なら今すぐ行ったほうがいいんじゃ……」
エスリンのある種の正論に対し、シルビアは首を横に振った。
シルビアは指を二本立てる。
「理由は二つ。まず一つは監査を行うことを国へ報告しなければならないから。二つ目はその間の時間を、あなた達の休憩にあてたいからよ」
「エスリン・クリューガはともかく、私はすぐにでも出られます」
「休憩は大事よ。これからもっとハードになる。頭と身体は休められる内に休めておきなさい。これは命令よ」
シルビアがメイド長に目配せを送る。メイド長は次の行動を心得、一度頷く。
メイド長は立ち上がり、フラウリナとエスリンに指示を出す。
「フラウリナとエスリンにシルビア様の護衛をお願いするわ。二時間後、この部屋に集合してちょうだい」
「メイド長はどうするのですか? 何か手伝うことがあれば……」
「大丈夫よフラウリナ。シルビア様のお手伝いをしてから、休ませてもらうから」
「……分かりました」
シルビアは最後に皆へ言葉を送る。
「ヴェイマーズ家はあくまで貴族の秩序の守護者よ。王国を救う英雄になりたいわけじゃない。でも、私たちの仕事が王国の平和の一助になれるのだとしたら、それはとても素敵なことだ思うの」
シルビアは微笑む。
「各自、大きな怪我なく任務を完了させること。必ず帰ってきなさい。以上、解散よ」
その言葉と同時に、皆は動いていた。
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