第16話 大きな影の予感
メイド長がその男の顔に引っかかりを覚えたのはすぐのことだった。
ヴェイマーズ家の業務上、人の顔は覚えておけば覚えておくほど良いとされている。
「貴方の顔、どこかで見たことがあるわね。この顔で、この辺で活動していて……どれどれ」
しゃがみ込み、本格的に男の顔を観察するメイド長。
彼女はとうとうたどり着いた。
「アランね、貴方。以前、ブルゴニの街で組織ぐるみの宝石強盗をやったことあるわよね」
「っ! ひ、人違いだ」
その反応を見て、宝石強盗のアランだと確信したメイド長。この情報は非常に大きく、芋づる式に情報が浮かび上がってくる。
例えば、どこの誰とどういう繋がりがあるのか、といった情報だ。
「今回の件は誰の指示? 貴方が衝動的にやったわけじゃないわよね?」
「それは間違いだな。俺が単独でやった」
「そうなのね。じゃあ今回は、貴方によくしてくれているコニク・ヘネツィア子爵は何の関係もないのね」
「……何の話をしているのか、さっぱりだな」
「あら、そこはとぼけるのね」
コニク・ヘネツィア子爵はエスリンも知っていた。
高品質の麦を作っているヘネツィア地方の統治者だ。しかし、彼には良くない噂がある。
「今更隠してもみんな知っているわよ。犯罪組織と裏で繋がっていて、私兵代わりにしているだなんて」
「黙れ!」
「今なら正直に言えば、人攫いの罪だけで治安維持部隊に突き出してあげるわよ」
「はっ。それは良いな。今の時期、少し暑いからな。冷たい個室でのんびりしたいものだ」
「ただし」
メイド長は男の胸ぐらを掴み上げた。
「もしもこれがもっと大きなネタに絡んでくるなら、それどころじゃ済まないかもしれないけどね」
「……どういう意味だ」
「詳しく教えるつもりはないけど、規模が大きいのよこれ。貴方は人攫い程度だと思っているだろうけど」
今回の人攫いは貴族も絡んでいるかもしれない大きなものだ。第一師団長エンヴリットも気にしていることが証拠だ。
国家の正義を守るのがファークラス王国軍なら、貴族の正義を守るのがヴェイマーズ家だ。
メイド長は自然と声に力がこもっていた。
「改めて質問するわよ。コニク・ヘネツィア子爵はこの件に関与しているわよね?」
「は……教える、義理はないな」
メイド長は一瞬だけ男が目をそらしたのを確認した。そこで疑問が浮かんだ。
さっさと喋れば良いのだ。この男はそれをするだけでとりあえずお役目終了となる。だが、それをしないのは一体どういうことか。
メイド長はエスリンに意見を求めることにした。裏の世界にいた彼女だからこそ、何か気づいたことがあるかもしれない。そんな期待を持って。
「うーん。大した意見は持ち合わせてはいませんが、何だか同業者の話を思い出しました」
「どういう内容だったの?」
「ただの一般人の殺しだと思って引き受けたら、実は要人暗殺だったっていう話なんですけどね。こいつの反応はそんな感じがしました」
エスリンの言葉に身体を震わせる男。彼の反応を見たメイド長はそう大きく外れてはいないのだなと感じた。
(意図的に情報を伏せられたのか、それともあとで知ったのか……)
メイド長は一つの可能性に気づいた。彼女は男の手首を掴み、その可能性を口にした。
「もしかして、もっと力のある貴族が絡んでいる……?」
「……」
男の変化した脈拍数が、その可能性の正否について、雄弁に示していた。
「エスリン、帰るわよ」
「治安維持部隊を呼ばなくて良いんですか?」
「この屋敷に突入する前に呼んでおいたわ。もうすぐ来るはずよ。突入タイミングも伝えてるし」
その手際の良さに、エスリンは素直に称賛の感情を抱いた。
帰りの最中、エスリンはついこんなことを質問した。
「メイド長ってもしかして昔、どこかの部隊長をやっていました?」
「うふふ。教えないわよ。メイド長の七七七の秘密の一つなんだから」
「あはは、了解です。これ以上は追求しません」
メイド長には秘密が多い。フラウリナに上手く聞けば教えてくれそうだが、その後が怖そうだ。
だが、これだけは聞いておきたかった。
「メイド長は今回の事件、どれくらいの規模だと思っているんですか?」
「かなり大きく見ているわ。複数の貴族が絡んでいると踏んでいるわ」
「……根拠はあるんですか?」
「うーん。憶測になるから、あんまり言いたくはないけど、今言えることは一つ」
メイド長が口にしたのは、アランのことだった。
「アランは小悪党の部類に入るわ。それこそ平気で雇い主を裏切ることができるの」
「へぇ、本当に小悪党ですね。そんなことしたら、あっという間に報復が来ますね」
「その彼が、口を閉ざした。何かに恐れていたの」
「それが、あのメイド長の発言だったんですね」
「そう。コニク子爵は確実に絡んでいる。だけどきっと、コニク子爵は主犯ではないと思っているわ。なんなら、彼も実行部隊の一人と言っても良いかもしれない」
メイド長は立ち止まり、エスリンへ向き直った。
「覚悟しておいたほうが良いわ。この案件、今回みたいな荒事が多いかもしれないわ」
「誰に言っているんですかメイド長。他のことならともかく、荒事においては得意分野ですよ私」
「そうね。なら、馬車馬のように働いてもらうから、そのつもりでね」
そう言ってメイド長はいたずらっぽくウィンクをした。
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