第15話 対、殺し屋兄弟
兄弟はエスリンの瞳の変化に気づいた。
「その焔を思わせる色は――弟、気をつけろ。こいつ、
「分かっている兄。連携するぞ」
エスリンの左腕に鎖が巻き付いたまま、戦闘は再開した。
「一応聞くけど、奥の子供たちを盾にする案はあるの?」
「馬鹿にするな。お前ごとき、俺と弟で捻れる」
兄が思い切り鎖を引っ張ると、エスリンの体は宙に浮いた。回避行動は難しい。
弟が接近し、戦斧を振り上げる。
「もらった」
「いいや、まだだ」
エスリンは伸びた鎖の一部を掴み、引っ張ることで盾とした。戦斧の一撃は強烈だったが、鎖の盾によって、それを塞ぐことが出来た。
「この鎖頑丈だね。普通ならぶち切られてるよ」
「当然だ。この鎖、そう簡単に切られるほどヤワじゃない」
「おかげで助かった」
着地したエスリンは兄の盾を蹴り飛ばし、一時的に距離を離した。続けて襲いかかってくる弟の戦斧を受け止め、エスリンは剣を何度か振るった。
「うっ……!」
「弟!」
兄はエスリンと弟の間に割り込んだ。絶妙なタイミングで割って入ってきたため、エスリンの本命の一撃が盾に阻まれた。
「コンビネーション良いね。流石は兄弟」
「そう褒めてくれるな。弟、次で片付けるぞ」
「分かった兄。抜かるなよ」
兄が弟の後ろに移動した次の瞬間、エスリンは恐ろしいほどの力で引っ張られた。
弟がまるでバットをスイングするかのように構えている。まさに水平ギロチン台。
一般人ならば、ここで終わっていることだろう。しかし、エスリンは界隈最強の殺し屋。この程度で終わらない。
「死ね、最強」
「さぁて、どうだろう、なっ!」
エスリンは剣を床に突き立て、一瞬だけ減速をかけた。その一瞬で、エスリンは地に足をつけ、自分から跳躍した。
「何だと!?」
「殺さない。けど、四分の三殺しまでは覚悟して」
勢いと体の捻りを駆使して、兄弟の背後に回り込んだエスリン。彼女はそのままそれぞれの体へ剣を数度刺した。
「ぐぉっ……! 噂通りの腕前。そう思わないか、兄」
「うむ。実に
「私の勝ちってことで良いかな?」
兄と弟は一度視線を交わし、同時に頷いた。
「異論なし。お前の勝ちだ、良いな弟」
「異論なし。それでは俺達の仕事はここまでだ」
するとリーダー格と思わしき男が激昂する。
「ふざけるな! 何がここまで、だ! お前たちにどれだけ金を渡したと思っているんだ!」
「すでに俺達は報酬分の仕事をした。それに、早く手当をしなければ弟が危ない」
「兄と同意見。そして付け加えるなら、そこのメイドにかなり見逃してもらった。ここで退かなければ義理を果たせない。あとは兄も怪我をしているので治療をしたい」
そのやり取りを見て、エスリンは笑いそうになっていた。
雇った殺し屋はリーダー格の男が思っていた以上に義理と人情があったらしい。
トドメの一撃にエスリンは少しばかり煽る。
「そもそも渡す額が足りなかったんじゃない? この手の殺し屋はちゃんと相応に渡していれば、相応にやるよ」
「うるさい! メイドごときが口を出すな!」
その子供みたいな返しに、エスリンはとある可能性を口にした。
「もしかして何だかんだ理由をつけてケチったとか? 正解?」
兄へ視線を向けると、彼は頷いた。
「正確にはガキが逃げ出さないように見張ることと、逃げ出したら殺せとしか言われていない」
弟が補足する。
「ついでに言うなら、その分の金額しかもらっていない。お前と戦ったのはサービスだ」
「うわ、すごい良心的」
「お前は例外。腕を試したくなった。なぁ、弟」
「そのとおりだ、兄」
殺し屋の中でも、いわゆるプロと呼ばれるほどの者たちにとって、永続的な敵や味方といった関係はない。
昨日の仲間が今日の殺害対象になることなど、よくある話だ。だからこそ、プロ同士の関係は非常にさっぱりとしている。
「俺達は帰る。あとは頑張れよ。行くぞ、弟」
「承知した、兄。さらばだ殺し屋メイド」
「うん、ありがとー。内臓は避けて刺したけど、なるべく早く手当してね」
そう言い、兄弟は消えていった。
残ったのは子供とリーダー格の男とエスリンだけ。
「!」
リーダー格の男が子供を人質にしようとする。しかし、それを予想していたエスリンはすでに動いていた。
「グッ! 離せ!」
「子供を人質にするような奴を自由には出来ないね」
あっという間に距離を詰め、転ばせ、拘束する。この男は戦闘慣れしていないようで、じつにあっさりと終わってしまった。
すると、この部屋に近づく足音が一つ。
「エスリン!」
足音の正体はメイド長だった。体に傷一つ無いが、スカートの裾が少し汚れていた。色からして、おそらく血液だろう。
「メイド長、無事だったんですね」
「おかげさまでね。それにしてもご苦労さま。流石ね、エスリン」
「いえ、メイド長の援護があったからですよ」
「うふふ。お世辞が上手いのね。それで――」
言葉を止め、メイド長はエスリンが拘束している男を見下ろした。
「彼が人攫いを主導している男ね。
男を見下ろすメイド長の眼は酷く冷やかだった。
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