第14話 〈弓殺し〉

 鐘の音が聞こえる。作戦通り、エスリンが非常事態を告げる鐘を鳴らしたのだ。


「鐘の音。エスリン、よくやったわね。なら、私もその働きに応えなくちゃね」


 廃屋敷を視認できる高台にメイド長が立っていた。だが一人だけだ。あの矢の雨はどのようにして生み出されたというのか。


「さて、と」


 メイド長の足元に樽のような大きさの矢筒が置かれていた。そこにはたくさんの矢が詰められている。

 彼女はおもむろに手を伸ばし、適当な本数の矢を掴んだ。

 左手は前に、矢を掴んでいる右手は後ろに構える。投擲をするような格好となっている。


 そう、投擲だ。矢は弓で放つのが常識だろう。

 しかし、このメイド長は違う。彼女はいつも・・・この方法で敵の長射程武器と戦ってきたのだ。


「扉が一瞬揺れた。開くわね」


 メイド長の超人的な視力は扉の僅かな揺れを捉える。矢を握る力が一層強くなる。彼女の握力により矢柄が僅かに軋んでいた。

 扉が開き、男たちが飛び出す。同時に、メイド長は矢を投擲していた。


 弓で放ったのと何ら変わらない速度で、矢が男たちに襲いかかる。

 全弾命中。すぐさまメイド長はまた適当な本数の矢を掴み、投擲する。

 矢は高速の雨となり、敵を貫いていく。



 まさに一人弾幕。



 彼女はたった一人で弓兵部隊と遜色ない質の弾幕を生み出していたのだ。


「出入口を一つだけに絞り、無理やり出てこようとする者は私が仕留め、中に留まろうとする者はエスリンが処理していく。うん、即席の作戦にしては良い方じゃないかしら」


 この作戦の肝は相手を混乱させることにある。様々な脅威を叩きつけ、思考する時間を与えず、電撃的に制圧する。

 この即席の案を成立させているのはこの二人だからこそだろう。特にメイド長の存在が大きい。

 彼女はとある二つ名で呼ばれていた。

 並外れた膂力を活かし、弓の射程距離よりも外から物を投げつけることで上回る。単純にして明快な戦法を行っていたことによって、いつしかこう呼ばれるようになった。


「〈弓殺ゆみごろし〉の本領発揮、ってところかしらね。うふふ」


 五投目あたりで正面玄関から人が出てくることはなくなった。

 完全にビビって、中にいることを選んだのだろう。

 その時点でメイド長は廃屋敷への突入を選択する。外に出れば弾幕が飛んでくるという刷り込みは完了している。

 しかし、それも長くは続かないだろう。やがて違和感を覚え、これがブラフだということを察知するはず。

 故に、その刷り込みが消える前に全てを終わらせる。


「エスリン、今行くわね」



 ◆ ◆ ◆



 エスリンは気配を殺す術に長けていた。殺し屋時代に培った術を駆使し、彼女は群れからはぐれた敵を一人ずつ気絶させていた。


「こうまで気づかれないと、逆に皆の前に出たいと思っちゃうね」


 また一人絞め落とし、エスリンは足元に転がっていた剣を手にする。もしものための保険だ。

 武器を確保し、エスリンは混乱の隙を突き、子供たちがいるかもしれない部屋へ突入した。


「何だお前は!?」

「ごめん、寝てて」


 エスリンは敵の手の甲へ剣を突き刺す。続けて、痛みで怯んだ男の鳩尾を剣の柄頭で殴りつける。すると、男はすぐに意識を手放した。

 電光石火の早業。一人だろうが、複数だろうが、エスリンは瞬く間に相手の意識を奪い続けた。


「さーて、と」


 扉を蹴り、エスリンは割と大きな部屋へ突入した。


「当たり、か」


 エスリンは場の状況をすぐに把握した。

 奥の方には攫われたであろう子供たちが集められ、そんな子供たちの前に陣取るのは三人の男。


「やけに外が騒がしいと思ったら、まさかメイド一人にしてやられていたとはな」


 一人は細身の男だった。身なりの良さからして、おそらくここのリーダーであることは予想できた。


「弟、殺しに行くぞ」

「兄、了解した」


 リーダーの両脇にいるのは、筋骨隆々とした二人の男だった。

 一人はサングラスを掛け、盾と鎖を握っていた。もう一人はバンダナを着け、戦斧を装備している。


「おいメイド、お前どこのメイドだ。死ぬ前に一応聞いておいてやろう」


 リーダーの問いに対し、エスリンは剣を突き出して答えた。


「私に勝てたら教えてあげようかな」

「残念だ。ならば永遠に知ることができなくなったじゃないか。おい、やれ」

「ウス。弟、まずは俺からだ」

「兄、頼むぞ」


 兄と呼ばれた男は盾を構え、エスリンへ突撃する。

 盾を構えて体当たり。単純だが、そこに質量が伴えば凶悪な武器となる。

 当然エスリンは回避するが、左腕に違和感を覚えた。


「捕まえた」


 エスリンの左腕に、鎖が巻き付いていた。武器から手を離せば、そう長くない時間で鎖は外せる。

 だが今は戦闘中で、敵は一人だけではない。


「弟、やれ」

「分かった、兄」


 弟と呼ばれた男が戦斧を振り上げる。この息の合った連携が彼らの武器なのだろう。

 頭部が真っ二つに割れるコース。それに対し、エスリンは真っ向からの防御を選択した。


「――」


 衝撃は凄まじく、剣が一撃で折れなかったのが奇跡と言えよう。エスリンはわずかに剣を傾け、戦斧を逸らしたあと、弟の顔へ蹴りを入れた。


「うっ。兄、こいつ出来るぞ」

「落ち着け弟。十分に動けない相手だ。確実に殺すぞ」

「悪いけどシルビアさんが待っているから、それは出来ない話だね」


 呼吸を整え、エスリンは剣を構え直す。

 彼女の黒い瞳が焔のように紅く染まっていた。

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