第13話 潜入作戦
エスリンとメイド長は王都の隅にある誰もいない、朽ちた屋敷に来ていた。
フラウリナの調査結果とメイド長が追った方向と合致したため、ほぼ確定。だが、二人は物陰に隠れ、突撃していなかった。
「どうします、メイド長? 一緒に突入して片付けますか?」
「悩みどころね。フラウリナの調査でも正確な人数が分かっていない以上、むやみに突入するのはね」
「戦力差の話ですか?」
「ううん。今回の勝利条件の話よ。相手組織を壊滅させ、子供を確保するのが今回の条件。なら、私たちの敗北条件は何だと思う?」
「屋敷から一人でも逃げられること。もっと最悪なのはあそこにいるであろう子供が別の場所に移されてしまうことですね」
「そういうこと。私たちが何をしたら勝利なのか、何をやられたら敗北なのか、確認することは大事よ。覚えておいてちょうだい」
「分かりました」
メイド長はふと何かを思いついたように顔を上げ、しばし考え込む仕草を見せた。すぐに考えが纏まったのか、笑顔で指を鳴らす。
「確認だけど、エスリンは本当にあの〈
「自分から名乗ったつもりはありませんが、皆は私のことをそう言っているようですね」
「正直なところ、単独で動きたいわよね?」
「まぁ、今まで単独で仕事をしてきたので、選べるなら……って感じです」
その言葉を聞いたメイド長は邪悪な笑みを浮かべた。
単独行動をさせて全く問題ないエスリン、そしてメイド長自身が持つ戦力を計算に入れ、導き出した作戦はシンプルだった。
「じゃあエスリン、貴方は一人で屋敷に入ってくれる?」
◆ ◆ ◆
エスリンはメイド長の指示通り、人の気配がなさそうな部屋の窓から単独で屋敷に潜入していた。
作戦はこうだ。
『エスリンにまずやってもらいたいことはこの屋敷に存在する出入口を潰してもらいたいの。それから派手に暴れてちょうだい』
正面玄関を除き、この廃屋敷には出入口が三箇所ある。一つ目は使用人が出入りする勝手口、二つ目は資材の搬入口、三つ目は緊急事態の際に使う非常口だ。
フラウリナが手に入れた見取り図はもう頭に叩き込んでいるため、特に迷うことなく出入口を潰せていた。
(やはり当たりだ。灯りはあるし、ノシてきた奴らは皆武装しているし、間違いなく人さらい組織の根城だ)
勝手口と資材の搬入口へたどり着くまでに発見した敵は両手の指じゃ数え切れなかった。
幸い、気づかれる前に全員倒せたが、まだまだ屋敷内には人の気配がある。
(メイド長の作戦は見事にハマりそうだなぁ)
この時点でエスリンはこの作戦の手応えを感じていた。
「あとは非常口か」
非常口は二階の廊下の隅にある。災害が起きた際、非常口の先にある階段を使い、地上へ避難するという利用方法だ。
曲がり角から少しだけ顔を出すと、そこには見張りが一人いた。もしここに何も知らない一般人が誤って入ってしまったら……想像するだけで嫌な気持ちになる。
見張りが曲がり角から顔を背けた一瞬の隙を突き、エスリンは突撃した。
なるべく姿勢を低くし、視認性を下げる。だが走る速度は落とさない。
見張りがエスリンの接近に気づいたときには、全てが遅かった。
エスリンは手を伸ばし、見張りの剣の柄頭を押さえ、抜かせないようにする。突然の出来事にも関わらず、剣を抜こうとしたことは敵ながら
しかし、今は文字通り敵であり、それで手心を加えるほど、エスリンは優しくない。
すぐに喉へ手を伸ばし、酸素の供給を止めにかかった。
「攫った子供たちはどこの部屋に隠している?」
「が……何者だ、貴様」
見張りは自分が大声を出せないことにもどかしさを感じていた。エスリンが絶妙な力加減で喉を締めているため、声こそ出すことは出来るが、声量をかなり小さく抑えられてしまっている。
「答えて。どこに隠しているの?」
「くたばれ」
「残念だよ」
これ以上話しても時間の無駄。そう判断したエスリンは早急に気絶させ、非常口のドアノブを破壊する。念の為、扉が開かないかを確認する。
作戦の第一段階完了を確認したエスリンは、次の行動をすべく、とある場所へ急いだ。
「ここか、〈非常警報室〉は」
この部屋の鐘を鳴らすことで、館内全体に備えられた鐘が同時に鳴動する仕組みになっているようだ。
「さーて皆、起きろ」
エスリンは部屋の鐘を思い切り鳴らした。すると、館内全体が鐘の音に包まれる。
エスリンは物陰に隠れ、館内の動きを観察する。
「何だ!? おい! 何が起こってる!?」
「誰か様子を見てこい!」
部屋の一室からそんな声が聞こえたあと、ぞろぞろと武装した男たちが出てきた。あの部屋は確か資材保管庫となっている広い部屋だ。
エスリンはあの部屋に子供たちがいることを確信する。
やがて男たちは屋敷内の出入口が破壊されているのを確認。侵入者の存在を確認した。
エスリンはまだ動かない。メイド長から、誰かが正面玄関から脱出しようとするまで動くなと言われているからだ。
(あの正面玄関がこの屋敷の唯一の出入口となった。きっとメイド長が待ち伏せているんだろうけど……)
正面玄関は広い。四、五人は同時に通れるだろう。要は一人では無理やり突破されるリスクがある。
やがて正面玄関の扉が開かれ、男たちが数名、外に出ようとした――その時だ。
「うわああ!」
外に出ようとした男の胸に矢が突き刺さる。それを皮切りに、男たちがどんどん倒れていく。
間髪入れず飛んでくる矢の雨。一人は胸に突き刺さり、一人は肩にめり込み、一人は喉と右太ももに食らっていた。
「矢が飛んで来ている! 外に出ようとした奴らが皆やられているぞ!」
「まさか〈
突然の状況に、人さらい組織は大混乱に陥ったようだ。
最大の好機と見たエスリンが物陰から飛び出す。この混乱の海を泳ぎきり、子供を救い出すために。
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