第7話 ラフロさん

 偽騎士とエスリンの戦闘が始まった。

 偽騎士は力強く剣を振るう。対するエスリンは的確に捌く。

 傍から見ればエスリンの防戦一方。しかし、当人たちの感じ方はまるで違う。


(俺が攻めているというのに、まるで手応えを感じられない)


 偽騎士は敵の底知れなさを感じ取る。


(そこそこ手慣れた奴だ。私を殺そうという明確な意思が伝わる)


 エスリンは相手の力量を正確に掴み取る。


「そこだ!」


 エスリンの手に鈍い衝撃が伝わる。

 エスリンの剣がやや大きく弾かれた。偽騎士はその瞬間を好機と捉え、一足分距離を詰めた。

 普通ならばこのまま偽騎士が体格差を活かし、エスリンを押し倒し、そのままトドメを刺すだろう。事実、偽騎士もそのようにするつもりだった。


 しかし、エスリンと偽騎士の間には絶望的なほど、力量差があった。


「あーらよっと!」


 エスリンが突然姿勢を低くし、一足分伸びた偽騎士の足を払った。偽騎士は思わず体勢を崩す。

 すぐにエスリンは偽騎士の肩を押し、逆に倒してみせた。倒れた拍子に偽騎士の手から剣が離れた。


 エスリンの手が偽騎士の首にかけられる。先に倒された仲間と同じ道を辿ることを覚悟する偽騎士。

 偽騎士は意識を刈り取られる前に、思わず疑問を投げかけた。


「お前、何者だ。同業者と言ったな。なら、俺達と同じ殺し屋か」

「そうだよ。だけど今は掃除をしたり、食事を運んでるけどね」

「馬鹿な。お前の腕はそんなことに使われるべきではない。人を殺すことに使われるべきだ」

「そういうのはもう疲れちゃったから良いの」

「勿体ないな」

「気が向いたら、あんたも同じことやってみな? 案外難しいんだよ、掃除や食事の配膳ってさ」

「はっ。バカバカ――」


 話すことは終わったとばかりに、エスリンは偽騎士の首を絞めて気絶させた。

 時間にしてみれば、約二分の鎮圧劇。しかも、刺客は全員無傷。


「シルビアさん、ファークラス王国軍の警備兵呼んできても良いですか?」

「許可するわ。この宿を出れば、すぐに見つかるはずよ」

「? 詰所が近くにあるんですか?」

「いいえ。もう待機させていたのよ、ほら」


 シルビアはエスリンを手招きし、窓の外を見るように言う。

 言われるがまま、エスリンは窓の外を見ると、全てを理解した。同時に、シルビアの恐ろしさを垣間見ることとなった。


「どの時点で根回しをしていたんですか?」

「貴方が商隊を怪しいと言った段階よ。貴方の勘を信じて、用意した甲斐があったというものね」


 そう言って笑うシルビア。

 エスリンはヴェイマーズ家と敵対するような仕事を受けなくて良かったと思った。きっと、殺し屋人生の中で一番の大仕事になっただろう。



 ◆ ◆ ◆



 ファークラス王国軍の警備兵が動いたという情報はすぐにガルドル・カティザーク伯爵へ伝わった。

 暗殺失敗を悟ったガルドルは怒り狂っていた。


「どうしてくれる!? これでは私が仕組んだように取られるではないか!?」


 殺し屋集団〈時雨しぐれの月〉の頭領はあくまで冷静だった。


「我らとしても驚いています。まさかここまで完敗するとは」

「寝ぼけるのも大概にしろ! 何のための金払いだ!? 何のための貴様らプロだ!?」

「もちろん分かっています。なので、こちらも最強の切り札を用意しました」

「切り札だと!?」


 そこでガルドルは初めて、その気配を感じた。今まで気づかなかったが、この室内にもう一人いたのだ。

 月光で出来た影から、その者は姿を見せた。



「おーはようございます! 私の名前はラフロです。ラフロさんって呼んでくださいね」



 赤い髪を後ろに束ねた女性は明るく自己紹介をする。そんな彼女に頭領は近づく。


「おいラフロ。今までどこに行ってたんだ。お前には大事な仕事が――!」


 突然、ラフロは片手で頭領の頭を掴んだ。そのまま彼女は頭領を引き寄せる。


「ラフロさんって呼んでね――今、そう言ったよな私?」

「す、すまない。ラフロさん」

「人を呼ぶときは敬称をつける。これって当たり前だよなぁ? 殺し屋が対人マナー守れないたぁどういう了見だ?」

「本当に……申し訳ない」


 命の危険を察した頭領は必死に謝る。その謝罪が伝わったのか、ラフロの握力が自然と弱まっていく。


「コミュニケーションにおいて、挨拶と敬称は大事なんです。それだけはほんともう、頼みますよ」

「……分かった」


 やり取りに一段落ついたと見たのか、ガルドルはラフロの元へ歩いていく。怒りの形相と共に。


「おい、ラフロと言ったか!? 貴様、いきなり出てきてこれは一体何の茶番だ!?」

「あ?」


 次の瞬間、ガルドルの体に手斧が食い込んでいた。吹き上がる血。

 ガルドルは二度と動くことはなかった。


「いきなり呼び捨てに暴言とか、何なんですかこいつ? って、この人、今回の雇い主じゃないですか。あまりに無礼なので殺しちゃいましたよ」

「お前、なんということを……。まだ報酬をもらっていないというのに!」

「まぁ無礼な人は生きていても仕方ないので良いか。あの、すいませんでした。前払いでもらっていたお金は後で返しますね」

「……この思い切りの良さ、さすがは殺し屋の世界で〈ニックリア平原の怪人〉と呼ばれるだけはある」

「えへへ。その二つ名、結構気に入っているので、どんどん呼んでください」


 血に濡れた手斧を拭きながら、ラフロは言う。


「気分がいいので、本来殺すはずだった相手を殺してから、貴方との契約を終了させていただきます。もちろんお金はもういらないです」

「あ、あぁ……」

「あ、でも一応見届けてもらいたいので、それまで引き上げないでくださいね?」


 今日この日をもって、〈時雨しぐれの月〉の頭領は裏世界から消えることを心に決めた。

 この一夜で頭領は人外の領域を理解してしまったから。自分など、ほんの気まぐれで吹き飛ぶ命なのだと、分からされてしまったから。


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