第6話 こんにちは同業者

 馬車に揺られながら、エスリンは感じていた。


(妙な商隊がついてきているな)


 ここは交易路でもあるので、商隊がいるのは当然だ。

 しかし、エスリンは自分たちの後ろをついてきている商隊に違和感を感じていた。

 どれも目つきがおかしい。彼らは商人というよりは、エスリンの同業者に見えた。


(シルビアさんに伝えておくべきか)


 エスリンは悩んでいた。あくまで殺し屋としての勘だ。単独で動いているなら、その勘に従うのだが、今回は話が別だ。

 これでもし予定が大幅に狂ってしまったら、大変なことになるかもしれない。

 殺し屋と、貴族の護衛とのギャップは、エスリンの思った以上に大きかった。


「エスリン」

「どうしましたか?」

「私は貴方を信頼しているわ。誰も味方がいないこの状況で、貴方だけが私の味方なの」


 シルビアはきっぱりと言った。


「だから何か思っていることがあるのなら、遠慮なく言いなさい。それを黙っていられる方が、私にとっては不利益なのだから」


 ヴェイマーズ家当主の観察眼は、即座にエスリンが何かに気づいたことを看破した。同時に、気を使っていることも感じ取ることが出来た。

 だからこそシルビアはその心遣いを評価し、信頼という言葉を使ってみせたのだ。


「分かりました、言います」


 エスリンはそんなシルビアの心の内を読み取った。

 これで口を閉ざす、という選択肢はない。


「私達の後ろをついてきている商隊がクサいですね」

「おそらくカティザーク伯爵が送り込んだ刺客ね」

「まだ昼にもなっていない時間ですよ。そんな目立つことをやるんですか?」

「やるわね。案外、こういう時間帯に消した方が言い訳も作りやすいのよ」

「送る側にだけ都合がいい話ですね」

「それが貴族流の暗殺よ。覚えておきなさい」


 エスリンが人を殺すのは、決まって夜間だった。単純に人に見られない、警備が手薄、気が緩むなどといった利点があるからだ。

 だが、これは違う。利点も何もあったものではない。これでは殺しをやる者がすぐに割れるだろう。


「やりづらいだろうに」


 ぼそりとエスリンは呟いた。

 殺しを生業としていた者として、ある種の哀れみを感じてしまった。


「これからどうしますか? 仕掛けることは出来ますが」

「まだ良いわ。然るべき時になったら動いて」

「良いんですか? 今まさに襲われるかもしれないのに」

「襲われないわ。そういうルートを選んでいるもの」


 シルビアが言うにはこうである。

 この道の先はカティザーク領でも比較的大きな宿場町だ。ここで一泊し、カティザークの屋敷へ向かうスケジュールとなっている。


「どうせ相手はこの一泊で仕掛けてくるわ。そこでエスリン、貴方の出番がやってくるの」

「そう、ですか」

「何か言いたいようね。許可するわ、言いなさい」

「危険です。シルビアさんに何かあったら……」

「? 何を言っているのかしら。貴方の力を計算に入れて、最大効率で刺客を粉砕する案を練っているのよ。それくらいやってみせなさい」


 これだ。エスリンはシルビアのこういった一言に弱かった。

 シルビアはこうして自らの命を預けてくれる。奪うことしか出来なかったエスリンにとって、それは何よりも嬉しくて。


「分かりました。やるだけやってみせます」



 ◆ ◆ ◆



 その日の夜。この周辺で一番良い宿にたどり着いたシルビアとエスリン。

 彼女たちはあえて別々の部屋で一夜を過ごしていた。


「思ったよりもあっさりと到着できたわね」


 シルビアは満月を見ながら、ワインを飲んでいた。

 グラスの液体を揺らしながら、考えていたのはエスリンのことだ。


(私はまだエスリンのことを知らない。今わかっているのは殺し屋ということと、フラウリナを圧倒したという事実だけ)


 フラウリナはメイド長が特に熱心に仕込んだ戦闘メイドである。並の殺し屋は相手にならない。

 だからこそ、シルビアとメイド長は驚いたのだ。今までこんな殺し屋は聞いたことも見たこともなかったのだから。

 いや、それは些か正確ではない。


 一人だけ、そういう殺し屋がいるらしい・・・

 正確な話は知らないが、そういう存在がいるらしいのだ。

 

 殺し屋界隈の最強を挙げろ、と言われたら全員が口を揃える存在が一人だけ。

 

「ん?」


 思考を遮るように、ノック音が聞こえた。


「お休みのところ、大変申し訳ございません。私はファークラス王国軍の者です。お話したいことがありますので、扉を開けていただけないでしょうか」


 シルビアはぐいとワインを飲み干す。


「良いわよ。鍵は開いているから、勝手に入りなさい」


 すると、甲冑姿の騎士二人が扉を開けて、入ってきた。


「夜分に失礼いたします。今、この宿で盗難があったようで、聞き込みをして回っていたのですよ」

「そうなのね。それはご苦労さま。ところで――」


 シルビアは空いたグラスにワインを注いだ。


「左腰に剣があるのに、右手で扉を開けたわね。一応確認するけど、利き手は右?」

「? そうですが、それが何か?」


 騎士は不思議そうに首を傾げた。

 シルビアは外の満月へ視線を移し、こう言った。



「ファークラス王国軍で訓練した者は皆、片手作業をする時、利き手とは逆の手を使うのよ。すぐに剣を抜けるようにね。覚えておきなさい」



 次の瞬間、騎士たちは剣を抜いた。


「流石の観察眼。〈ヴェイマーズの魔女〉と呼ばれるだけはある。だが、勘が良すぎたな。お前には今ここで死んでもらう」

「それは出来ない話ね。うちの優秀なメイドがそれを阻止しちゃうのだから」

「何だと?」


 ゴトリ、と偽騎士の後ろで物音がした。

 偽騎士が後ろを振り返ると、仲間の偽騎士が倒れていた。その傍らにはエスリンがしゃがみこんでいる。


「何者だ」

「何度も言わせないで。うちのメイドよ」


 エスリンの手が倒れている偽騎士の首から離れていく。

 エスリンが行ったことは至極単純。気配を殺し、背後に近づき、兜と甲冑の隙間から手を差し込み、首を絞めて気絶させたのだ。


 残った偽騎士が一通り状況を察し、エスリンへ剣を向ける。

 今、排除すべきはシルビアではなく、このメイド。偽騎士の選択は正しく、それ故に大失敗とも言えた。



「こんにちは同業者。そして残念だけど、この仕事は諦めてもらうよ」



 倒れている偽騎士から剣を奪い、エスリンは立ち上がる。

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