第8話 暴力的な足音
エスリンとシルビアはガルドル・カティザーク伯爵の屋敷へとやってきた。
荒事になったときを考え、ファークラス王国軍の警備兵を外に待機させている。
「ヴェイマーズ家ってこんな権限があるんですね」
「ええ。監査を確実に遂行するため、ヴェイマーズ家には限定的な動員権が与えられているの」
「すごい権限……まるで何かの物語の主人公のようですね」
「何を言っているのよ。主人公なら、相手を自殺なんてさせないわ」
腐敗した貴族のところへヴェイマーズ家による監査が行われる。これがどういうことか。
行った罪の重さにより、貴族に対して罰が与えられる。僻地に飛ばされるのならまだ可愛い方で、中には身分を剥奪される者もいる。
奪われた者の末路は何とも哀れなものだ。貴族の死は自殺が多いという噂話があるが、案外本当なのかもしれない。
「じゃ、今度はしっかりと生きてもらいましょうよ」
エスリンは今までの貴族たちの末路を想像しながらも、あえてこう返した。
その答えが面白くて、シルビアはつい笑ってしまった。
「そうね、皆分かっていないのよ。生きるということが最大の贖罪だっていうことがね」
「シルビアさん……」
「話しすぎたわ。これからヴェイマーズ家当主、シルビア・ヴェイマーズによる監査を行う。対象はガルドル・カティザーク伯爵。エスリン、呼び鈴を」
エスリンは呼び鈴を鳴らした。少し待つが、誰も来ない。
エスリンとシルビアは顔を見合わせる。貴族の家ともなれば、すぐに誰かがアクションを起こすはず。
(監査と勘づかれたかしら? それならそれで、やりようはあるけど)
居留守で時間を稼ぎ、監査に対する準備をする。これは珍しい話でもない。そして、そういう家ほどすぐにボロが見つかる。
対応を考えていたシルビアは屋敷の扉が開かれたのを目にする。
シルビアたちの前に、執事である男性が駆け寄ってきた。
「も、申し訳ございません。大変お待たせいたしました。私はこの屋敷の執事長を務めている者です」
「私はヴェイマーズ家当主、シルビア・ヴェイマーズよ。突然で申し訳ないけど、監査に入らせてもらうわ」
「……歓迎いたします。どうぞ」
エスリンは執事長の違和感に気づいていた。
(血の匂いがするな)
執事長が殺しをしたようには感じ取れない。だが、確実に血の匂いがしている。
「シルビアさ――」
「まずは中に入るわよ。そうすれば、全てが分かるのだろうし」
シルビアも執事長の違和感に気づいていたようだ。だが、それでもシルビアは突入を選択した。
そうでなければ、ヴェイマーズ家の使命を果たせないのだから。
「静かね」
エスリンも同様の感想だった。人の気配がしない。一言で言うのなら、不気味だった。
「カティザーク卿はどこ?」
「旦那様は地下室におります」
「そう、なら直接案内してちょうだい」
「……かしこまりました」
地下室の扉までやってくると、執事長は扉を開き、その先にある階段を指さした。
「階段を降りた先に、旦那様がおります」
「……分かったわ」
エスリンとシルビアが入った次の瞬間、扉が閉められた。
エスリンがドアノブを掴み、押してみるが、びくともしない。おそらく何からの方法で扉に鍵をかけたのだろう。
「一応聞くけど、どういうつもりかしら?」
「申し訳ございません……申し訳ございません……」
力なく謝罪の言葉を口にする執事長。質問を試みるも、全て謝罪の言葉が返ってくるのみだった。
罠にかかった、と驚きもしなかった。そういうのを全て承知で、二人は扉の先に進んだのだ。
「行くわよエスリン。こういうあからさまな手を使われたのなら、この先に必ず何かあるわ」
「私もそう思います」
歩きながら、エスリンは装備を確認する。身軽さを重視し、後腰に短剣一本忍ばせているだけ。
〈
階段を降りると、鉄製の扉があった。鍵はかかっておらず、問題なく開くことが出来るだろう。
「シルビアさん。私が開けますが、問題ないですね」
「許可するわ。お願い」
そこは広い場所だった。灯りはあるが、ジメジメとしている。何とも嫌な場所だ。
二人は広場の中央に倒れている人間を発見した。
「ガルドル・カティザーク……」
シルビアはすぐに倒れている人間がガルドルだと分かった。胸は黒ずんでおり、そこからの出血が原因で死んだのだと理解する。
「シルビア・ヴェイマーズだな」
奥から黒装束の男が現れた。
「いかにも私がシルビア・ヴェイマーズよ。貴方が今回、私を消しに来た人間かしら?」
「その答えは正しくもあり、違うと言わせてもらおう」
「謎かけが趣味なのね、いい趣味だわ」
「すぐに分かるさ」
「はーい! その通りです! それではご挨拶をさせていただきましょう!」
奥から元気いっぱいの声、そして足音が聞こえてきた。軽やかで、ウキウキとしているような感情が乗せられている。
「シルビアさん、後ろに下がっていてください」
エスリンはあくまで自然体だった。どれほどの悪意が来ようとも、どれほどの腕利きが来ようとも。
エスリン・クリューガにとって、それは恐怖の対象ではなかった。
「こんにちは! 私の名前はラフロです。ラフロさんって呼んでくださいね」
そう言って、ラフロはお辞儀をする。
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