第3話 本当の忠誠

「っ! 戦闘は!?」


 目覚めるなり、フラウリナはすぐにでもベッドから飛び出しそうだった。

 それをメイド長がやんわりと押さえる。


「貴方の負けで終了よ」

「そんな……! もう一度やらせてください。あんなにあっさりと負けるなんて、ありえません!」

「私も驚いているわよ。模擬戦じゃなかったら、もう貴方とお話出来なかったことにね」

「ぅ……!」


 これがたまたま模擬戦だっただけで、戦闘内容を見れば、フラウリナは死んでいた。

 部屋の隅っこにいたエスリンは気まずかった。


(勝たなきゃならなかったけど、これはなんとも……)


 どうフォローしようか考えながら、エスリンはフラウリナに近づく。

 距離が近くなるたびに、フラウリナの眼が鋭くなっていく。


「なんですか?」

「ええと……」


 結局、フォローの言葉は出なかった。思考を高速回転させて、何とか言葉をひねり出す。


「惜しかったね!」

「メイド長! もう一度! もう一度だけこの女とやらせてください!」


 フラウリナはエスリンの胸ぐらを掴んでいた。このまま殺し合いに突入するのではないかといった状況だ。

 しかし、メイド長は冷静だった。


「あれは試験で、これ以上は私闘よ。フラウリナ、分かりなさい」

「くっ、エスリン・クリューガァ……!」

「なんていうか、勝っちゃってごめんね。あっ」


 これが失言だということくらい、エスリンは分かっていた。口は災いの元、太古の昔からそう言われている。

 案の定、フラウリナは更にキレた。


「今度は真剣で勝負です。私は貴方からプライドを奪われました。ならば命を奪わなければ対等ではありません」

「えぇ……」

「いざ尋常に――」


「――フラウリナ、もういい加減やめなさい。見苦しいですよ」


 その瞬間、エスリンの本能が危険を訴えた。発生源はメイド長。彼女は微笑んでいた。


「貴方は負けた。エスリンは勝った。試験は合格。悔しい気持ちは分かりますが、事実を受け入れなさい」

「申し訳、ございませんメイド長」


 そのやり取りを見ていたシルビアはこう締めくくる。


「負けたとしても、貴方がこのヴェイマーズの優秀なメイドだということには変わりないわ。悔しいのなら更に精進しなさい」


 人の心を掴むのが上手い人だ、そうエスリンは思った。弱っているところへあの言葉は良く沁みるだろう。

 驚くべきは、その言葉が人心掌握をしようと思って口に出した言葉ではないところだ。

 シルビアは心の底から、そう思っている。励ましではない、本当に事実を伝えている。

 だからこそ、効く・・のだろう。

 その証拠に、フラウリナの表情が晴れた。


「! はい、このフラウリナ、必ずやシルビア様のご期待に応えてみせます」

「よろしい」


 シルビアはフラウリナに休むよう伝え、エスリンとメイド長を引き連れ、執務室へ向かう。

 執務室へやってくるなり、シルビアは自分の椅子にどかりと座る。


「さて、単刀直入に聞いていいかしら。貴方、何者?」

「私もそれ、気になってましたわ」

「答えます。が、それに答える前に、一つだけ聞いてもいいですか?」

「許可するわ。言ってご覧なさい」

「ここのメイドは皆、殺しを叩き込まれているのですか?」

「シルビア様、私がお答えしても?」


 シルビアの首肯を確認した後、メイド長が語りだす。


「このヴェイマーズ家が〈蟻地獄のヴェイマーズ〉と呼ばれているのは知っているわよね」


 メイド長はあえて断定するような言い方にした。


「貴方も薄々勘づいているとは思うけど、その正体は私とフラウリナよ。私達がシルビア様を狙う者を排除しているの」

「そういうことだったんですね。いやぁ、ヴェイマーズ家と因縁のつくような依頼が来なかったことに感謝しています」


 その発言で、シルビアとメイド長はすぐにエスリンの素性を察した。


「やっぱり貴方、その筋の人間だったのね」

「その通りです。私は特定の雇い主を持っていませんが、依頼があれば殺してきました」

「殺し屋か。今も依頼を受けているの?」

「全部キャンセルしています」

「理由は?」

「殺しに疲れました。それ以上の理由も、それ以下の理由もありません」

「……そう」


 沈黙が流れた。エスリンはこの後の流れをなんとなく予想していた。


「色々とありがとうございました。短い間でしたが、楽しかったです」


 このヴェイマーズ家に居場所はない。エスリンはそう感じていた。

 殺人を止めたとはいえ、殺し屋がいて良い場所ではない。自分の身元が割れたら、シルビアに多大な迷惑をかけてしまう。

 それぐらいの分別はついていた。だからエスリンは僅かな間の暖かな夢を抱き、このヴェイマーズ家を去るのだ。



「は? なに勝手に消えようとしているのよ」



 シルビアの口から出たのは、意外な言葉だった。


「? えっと、私が元殺し屋だから、ここにいる訳にはいかないのでは?」

「雇い主である私は貴方の事を知る義務があるの。それだけ。貴方が元殺し屋だろうが、傭兵だろうが、そんなことは私に言わせれば取るに足らないことよ」


 エスリンは戸惑っていた。普通、拒絶する。

 だが、シルビアはあっさり「取るに足らないこと」と切って捨てた。それが、彼女にとっては、衝撃的すぎた。


「前例もある。貴方に聞きたいことは一つだけよ」


 一瞬、メイド長をちらりと見てから、シルビアはこう質問した。


「貴方は私の絶対的な味方になってくれるか、それだけ聞かせてちょうだい」

「私に名前をくれた時から、シルビアさんの駒になると誓いました」

「六十点ね。駒にはならないで。私の味方になりなさい」

「それで良いのなら」


 こういった時の作法は心得ていた。エスリンは跪き、シルビアに忠誠を誓った。

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