第2話 あっさりとした、圧倒的勝利

 シルビアに連れられ、エスリンはヴェイマーズ家の屋敷へやってきた。

 豪奢な装飾はない。最低限、貴族の家と分かるような造りだ。主であるシルビアの意向なのか、それとももっと大きな考えがあるのかは分からない。

 正門に二人のメイドが立っていた。


「お帰りなさいませ、シルビア様」


 長い紫髪のメイドが柔らかな口調で挨拶した。彼女の長髪はゆるく三つ編みにされ、右肩にかけられている。優しそうな雰囲気が漂っている。


「シルビア様、ご無事で何よりです」


 もう一人の短い青髪のメイドも同様に挨拶した。

 エスリンは気づいていた。さっきからずっと向けられているこの感情、これは警戒心。

 彼女がずっと感じていた・・・・・気配だった。


「……何ですか?」

「あぁ、君か。ずっと私とシルビアさんを見ていたのは」

「! 一体、いつから……!」

「私があの良く分からない人さらいを小突くちょっと前から?」

「最初から、ということですか」


 一触即発の雰囲気を察してか、シルビアはさりげなく二人の間に割って入った。


「メイド長、この子はエスリン・ヴェイマーズよ。今日からここのメイドになるから」

「かしこまりました。うふふ、仕込みがいのありそうな子ね」

「!? し、シルビア様、本気ですか!? 素性も分からぬ者ですよ!?」


 メイド長と呼ばれた紫髪のメイドは微笑みを浮かべ、頷いた。しかし、青髪メイドがそれに拒否感を示した。

 だが、シルビアの決定は覆らない。


「腕は問題ないわ。あとはメイドの作法を叩き込んでくれれば良いわ」

「お言葉ですがシルビア様」

「止めなさいフラウリナ」


 フラウリナ、と呼ばれた青髪のメイドは首を横に振った。


「申し訳ございませんメイド長。それでも私は、この者がヴェイマーズ家のメイドとなることに、納得がいかないのです」

「それはエスリンの腕に疑問があるということ?」

「その通りです。私はまだ、その腕を信用していません」


 フラウリナの発言は明らかに不敬に聞こえた。

 しかし、主であるシルビアはそれに反応しなかった。

 ヴェイマーズ家は能力を重んじる家柄だ。ある程度の不敬など、シルビアは特に気にしていなかった。


「ならば、腕を示す必要があるわね。どうせメイド長も気になっているんでしょう?」

「もちろん。これから一緒に働くのですから、それは当然」

「決まりね。エスリン、ついてきなさい」

「シルビアさん、どこに?」


 流石のエスリンも違和感を感じた。

 先程から物騒な会話が多すぎる。いくら世間のことを知らないエスリンと言えど、メイドの役割ぐらいは知っている。

 少なくとも、腕やら実力などという単語は出てこない。


「地下訓練場よ」


 連れてこられたのは、地下の広場だった。

 そこには訓練用の木剣や仮想敵となる丸太が立てられていた。

 フラウリナは木剣を二本手に取り、そのうちの一本をエスリンへ投げた。


「構えてください」

「え、メイドが剣を振るうの?」

「? 珍しいのですか?」

「珍しいかそうでないかと言えば、前者かな」


 シルビアとメイド長は何も言わない。

 その反応を見たエスリンは、これがこの家での当たり前なのだなと思考を切り替えた。


「行きます」


 フラウリナが仕掛けた。


「貴方がこのヴェイマーズ家のメイドにふさわしいか、最終試験です」

「おっと」


 フラウリナの踏み込みは鋭く、太刀筋も美しいものだった。

 故にエスリンは捌きやすい、と感じた。体をそらし、木剣を回避する。


(〈蟻地獄のヴェイマーズ〉、か)


 もしもこれが真剣だったのなら、重傷間違いなしのコース。

 エスリンはこの一振りで確信した。


(噂話には必ず何かしらのオチがつくけど、これは中々どうして。めちゃくちゃ単純なオチだったな)


 ――ヴェイマーズ家の人間に手を出した者は例外なく姿を消す。

 摩訶不思議な話かと思えば、何ということはない。敵対勢力はこのメイド達によって消されていたのだ。


 落ち着くため、一度距離を取った彼女は、メイド長へ合格条件の確認をする。


「メイド長さん、どうすれば合格?」

「一連の攻防で判断します。勝敗は合格条件に入れていませんので、お好きに動いてください」

「なるほど」

「戦いの最中に雑談ですか」


 怒りを滲ませたフラウリナが攻撃を再開する。

 それに合わせて、エスリンも距離を詰める。


 勝敗はあっけなくついた。


 フラウリナが木剣を振り上げた。エスリンはその柄尻を押さえる。驚きで目を開くフラウリナ。

 エスリンの肘がフラウリナの顎を打つ。次に胸を押し、体勢を崩す。最後に彼女は、よろめいたフラウリナの体へ木剣を突き出した。


「――!」


 メイド長とシルビアは互いに顔を見合わせた。


「フラウリナ」


 メイド長はフラウリナが気絶しているのを確認する。まさかここまであっさり倒されるとは夢にも思っていなかった。

 フラウリナはメイド長が指導した中で最強のメイドだ。メイド長はエスリンを見る。


(善戦はすると思っていたけど、ここまで一方的な戦いになるとは……。あの子、何者なのかしら?)


 ここまで腕利きならば、どこかで聞いたこともあるはずだ。

 だが、メイド長はエスリンを知らない。ヴェイマーズ家の情報網に引っかからない謎の存在。


 このまま受け入れるべきか。


 メイド長は悩んだ。

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