第4話 メイド長の秘密?

 翌日からエスリンのメイド修行が始まった。


「エスリン・クリューガ。そんな甘い拭きで、このヴェイマーズ家が美しくなるとでも思っているんですか?」

「ごめん、めちゃくちゃ思ってた」


 早速、エスリンはフラウリナに胸ぐらを掴み上げられていた。

 今回の原因はエスリンがあまりにも適当に清掃をしていたからだ。それについてなにも反論することは出来ない。


「全く、よく見ていなさい」


 そう言いながら、フラウリナは掃除を再開する。彼女は速やかに、かつ確実に清掃を行っていく。

 その動きはある意味、武術にも似ている。エスリンはしばらく見惚れていた。


「へぇ、雑巾でさっと拭けば良い訳じゃないんだね」

「当たり前です。拭く対象によっては、それだけじゃ汚れが落ちない物もあるんです」

「例えば?」

「これに書いているので、内容を頭に叩き込みなさい」


 手渡されたのは辞書のような分厚い本だった。


「私が作った清掃マニュアルです。この屋敷内の清掃方法がその中に書かれています」

「うっわ、なんだこれ」


 フラウリナの言葉通り、その本にはこの屋敷の清掃方法が非常に細かく、わかりやすくまとめられていた。

 家具の配置図、素材、効率の良い清掃の仕方などなど。特に目を引いたのは家具の配置図だった。


「これ、全部フラウリナが調べたの?」

「マニュアルを作るのですから当然です。家具の配置、距離、寸法など必要そうなことは全て調べています」

「すっごいなこれ。絶対に外部へ出せないね」

「どういう意味ですか? 私のマニュアルに何か問題でも?」

「ある意味ね。あまりにも精密すぎて、これがあったらこの家の襲撃計画を立てるのなんて簡単だなって」


 フラウリナの真面目な性格ゆえに、この配置図はあまりにも危険な代物と化していた。

 これがあれば、侵入から逃走まで、全ての段階を具体的に計画できてしまうだろう。


「もしやこれをばら撒けば、より効率的にこの家の敵対者を消せるのでは?」

「いやいや物騒な考えはやめなさいな。シルビアさんはあくまで降りかかってきた火の粉を振り払う、というスタンスでしょうに」

「貴方がシルビア様を語るのなんて、百万年早いですよ」

「あ、怒った?」

「怒っていません。強いて言うなら、貴方はこの家のメイドなのです。“さん”などという呼び方は止めなさい。不敬ですよ」

「それが最初からこの呼び方だったせいで、中々抜けないんだよねぇ」


 次の瞬間、フラウリナは袖口に隠している短剣を取り出そうとした。

 同時に、エスリンは飛び出した短剣の刃を指で挟み込む。


「離してください」

「離したら、私はその短剣で何をされるのかな? ん?」

「矯正です。呼び方が抜けないのなら、抜けるまで痛めつけるまでです」

「物騒が過ぎる。本当にメイド?」

「ヴェイマーズ家の戦闘メイドですが何か」

「そうだった。そういうメイドだった」


 エスリンは肩をすくめる。

 元殺し屋の視点から言えば、フラウリナは立派な殺し屋のカテゴリーに入る。それこそ、腕利きと評される部類だ。

 そこでエスリンはふと、メイド長の顔が浮かんだ。


「ねえフラウリナ。メイド長って元々何をやっていた人なの?」

「私が貴方に教えるとでも?」

「そうだよね。教えたくても、分からないもんね。ごめんごめん」

「はぁ? 私が知らないとでも思っているのですか。実に心外です」

「良いよ良いよ。そうやって、意地にさせた私が悪いんだから。メイド長のこと、無理して思い出さなくてもいいよ」


 エスリンはちらりちらりとフラウリナの様子を観察していた。

 冷静なようでいて、挑発に乗りやすい。そう思い、エスリンはわざと煽ってみたのだ。

 すると、彼女の思惑通り、フラウリナは今まさに口を開こうとしていた。


「メイド長は元々――」

「あら、フラウリナ。休憩時間?」


 次の瞬間、廊下全体の重力が増したような感覚を覚えた。

 エスリンたちが後ろを振り返ると、すぐそばでメイド長が微笑んでいた。


「すぐに清掃を再開します!」

「よろしい。物事は効率よくよ? それとエスリン」

「? はい」


 メイド長が手招きをしたので、それに従うエスリン。言われるがまま、耳を貸すと、こんな言葉が飛び込んできた。


「あまり人の過去を詮索するものじゃないわよ。良い?」

「……分かりました」

「よろしい。それじゃあ二人とも、頑張ってね」


 そう言い残し、メイド長は去っていった。

 エスリンとフラウリナは立つことしか出来なかった。何故か周囲の温度が下がったような気がした。

 しばしの沈黙の後、エスリンは一言。


「もしかしなくてもメイド長って怖い?」

「私はなるべくメイド長を怒らせたくありません」

「ごめんね。あまり面白半分に探らないことにするよ」


 恐るべきはメイド長の気配遮断能力だ。エスリンの索敵能力をもってしても、捉えることは出来なかった。

 昔、何か荒事をやっていたのは間違いないだろう。でなければ、あのような迫力を出すことは出来ない。

 とはいえ、これ以上無闇に探って、メイド長を敵に回すのは本意ではない。

 ならばどうするか。


「フラウリナ、掃除の続きを教えてくれないかな」


 真面目に清掃技術を磨くだけである。

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