第12話  ヘンリーさんの死

 その日、高熱を出したヘンリーさんは、夜半を過ぎても熱が下がることは無かった。

 かかりつけの治療師がやって来て、ずっと治療が行われていた。


「もう、高齢で、弱ってらっしゃってたんだ」


 と、マルコ。


「でも、あんなにお元気だったのに!!」


「あちこち、悪くされてたんだよ。奥様にゃ、まだ知らされてないって事だけだ」


「奥様なんてやめてよ。マリオンて呼んでよ。怖いよ、あたしどうなるの?」


「ヘンリー様の奥様は、俺たちにとっても奥様だ。ドシッとしてろよ」


 マルコは、庭師の仕事に戻って行ってしまった。

 あたしは、もう自分の出来る事をするしかない。


 ヘンリーさんの部屋の前で、神に祈ったわ。『ヘンリーさんの回復を』

 願いが通じたのか、朝方にハリスさんに揺さぶられて目を覚ましたあたしは、ヘンリーさんとの面会が許された。


「旦那様が奥方様に会いたいそうだ」


「本当!? ヘンリーさん、熱が下がったのね?」


 ハリスさんは複雑な顔をした。


「旦那様が、何を言っても「はい」と答えるように」


 それだけ言うと、ヘンリーさんの部屋の扉が開かれた。

 わぁ、室温を上げてあるなぁ……。薬草の匂いも……。


 あたしは、静かにヘンリーさんのベッドのそばまで来た。


「大丈夫……? ヘンリーさん」


「オルガナか……?お前のために百本のリリエラの花束を贈ったな……

 お前はワシのプロポーズを受けてくれた……嬉しかったよ……」


「はい? ヘンリーさん?」


 ヘンリーさんは泣いていた。熱がまだ下がり切っていないのだろう顔がまだ赤い。


「ハリスさん、オルガナさんて?」


「旦那様の最初の奥様だ」


 最初の奥様と間違えているのかしら。


「私は、マリオンよ」


 後ろから、ハリスさんにドつかれた。


「いた~~い!! ハリスさん」


「こら、「はい」とだけ答えろと言っておいただろ!!」


「マッシュは病弱な子じゃったが、エスティナの薬効のおかげで、成人まで持つことができた」


 あたしは、またハリスさんを見た。


「旦那様のご子息だ。ご病弱で21歳で逝去されている」


 ええ……ヘンリーさんにも奥様とご子息がいたのね……


「マリオン……」


 ヘンリーさんは、はっきりした口調であたしの名前を呼んだ。


「良い思いをさせてもらったぞィ……ワシの昔のことを……思い出させてもらった……幸せだった頃もあったのじゃった……礼を言うぞ……マリオン……」


 あたしは、ヘンリーさんの手をきつく握りしめていた。

 でも、手から力がなくなっていくのが分かった。


「ヘンリーさん? ヘンリーさん? ヘンリーさん!!」


 ヘンリーさんは、二度と目を覚まさなかった。

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