第三話 精霊送りの旅
陽が沈む前に、由香を連れて嵐山の鮮やかな緑と涼しげな川の流れが心地よい渡月橋へと向かった。渡月橋は三条大橋から少し歩いて嵐電に乗れば一時間もかからない距離だ。桂川の畔にたどり着き、すぐに川沿いを歩き始める。
思っていたとおり、せせらぎの心地よい水音が耳元に届き、涼しげな風が感じられる。川沿いのテント小屋でいつもの通り精霊流しの灯籠をひとつ求め、祐介の戒名を書き、会場のスタッフに委ねた。
午後七時の日暮れを告げる鐘の音を耳にすると、たくさんの蝋燭が幻想的に揺らめく灯りで水辺を一斉に照らし出した。由香と橋の欄干にもたれかかりながら、祐介の灯籠が凛とした鈴音とともに私たちのもとへ近づいてくるのを待つ。
祐介の戒名が記された灯籠には赤いハートマークが描かれているので、すぐに見つけられるだろう。どんなにたくさんの灯籠があっても、私たちの想いが通じると信じている。どこからともなく、鎮魂のご霊歌が耳元で囁くように聞こえてきた。
「由香、足下を見てごらん。あれパパのじゃない?」
彼女は目を凝らして、ゆっくりと流れてくる灯りを見つめた。赤いハートマークが川の流れに乗って、他の蝋燭の灯りに負けまいと近づいてくる。こんなところも負けず嫌いだった祐介そのもののような気がする。
「本当だ、ママ。あれパパの灯籠だね! 由香たちここにいるよ。会いに来たんだ」
由香の声には溢れるばかりの喜びと少しだけ寂しさが混じっていた。私は彼女の小さな手を握りしめ、祐介の灯籠が炎を揺らめかせながら、ゆったりと私たちの前を通り過ぎるのを見守った。それは彼の命の灯が私たちに別れを惜しんでいるかのように思えた。
「パパ、黄泉の国でも元気にしてるかな?」
由香がぽつりとつぶやいた。
「きっと元気にしてるわ。ほらあのとおり、私たちを見守ってくれているからね」
私は優しく答えた。祐介の灯籠が川面を漂い、遠ざかっていくのを見つめながら、私は心の中で彼に語りかけた。
「私たちは元気にやってるから心配しないでね。由香もこんなに大きくなって、あなたによく似てきたわ。どうか、これからも私たちを見守っていてね」
由香にも私の心の叫びが伝わったのかもしれない。彼女は私の手をぎゅっと握り返し、優しく微笑んだ。
「ママ、たくさんお話しできてよかったね。来年もきっと会いに来ようよ」
「そうだね、由香。毎年、こうしてパパに会いに来よう」
私と由香は涙をこらえながら、両手をしっかりと重ね合わせた。祐介の灯籠がゆっくりと川面を漂い、遠ざかっていくのを見つめ続けた。蝋燭の揺らめく灯りが次第に小さくなって、やがて見えなくなるまで、目をそらさず、その光を胸に刻んでいた。
彼の残した余韻がじんわりと私の心に広がり、温かく包み込んでいくのを感じながら、目頭が熱くなり涙が頬を伝った。夜空には星が瞬き始め、川面には灯籠の光が揺らめいている。爽やかな風がそっと吹き抜け、私たちの頬を撫でた。その瞬間、祐介がまだそばにいるような気がした。
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