第二話 晩夏の思い出


 夏の終わり、ヒグラシの鳴き声が風に乗って届く頃、私たちは懐かしい鴨川沿いの納涼床へと足を運んだ。そこはかつて、愛する祐介と共に、行灯のあかりの下で京料理を味わいながら、川風に吹かれていた場所。

 彼の笑顔が今も目に浮かぶようで、その思い出を胸に京都の夕涼みを再び体験するために訪れたのだ。


 夕陽が川面を金色に染め、柔らかな風が頬を撫でる中、由香はわくわくした様子で私に話しかけてきた。彼女の瞳は、いつもとは違い、希望と興奮で輝いていた。


「ママは、パパとここに来たことあるんでしょ?  とっても綺麗なところだね」


 由香は恋心が芽生える少女に成長していたのかもしれない。キラキラとした目で、ゆっくりと流れる川の三角州を眺めていた。そこは鴨川デルタと呼ばれており、亀や鶴などの飛び石が点在する有名なデートスポットで、今日も多くのカップルが楽しそうに過ごしていた。私はその光景を見て、祐介との甘い思い出に浸った。


「ええ、由香。私たちは幼なじみだったの。鴨川沿いで学校帰りに石投げをして遊んだものよ。それで『大きくなったら結婚しよう』と約束したの。それはあなたがこの世に生まれるずっと前の話だけどね」


「ふたりは運命で結ばれたんだね。パパはすごく素敵な人だった? わたし、幼かったからよく覚えていないの。ママ、ごめんね」


 由香はまるで大人のようなことを言い、私は彼女の成長に心を打たれた。女の子は早く大人になるものだ。彼女の一言ひとことに、祐介との愛が息づいているようで、私の心は温かな感動で満たされた。


「ううん、そうだったの。パパは優しくて、面白くて、イケメンで、いつも私たちを笑わせてくれたわ。きっとあなたのことが大好きだったと思う」


 由香は私の正直な言葉を聞いて、少し考え込んだ後、にっこりと笑って頷いた。


「どっちが先に好きになったの?」


 由香の思いがけない問いかけに、私は思わず顔を赤らめてしまった。けれど、彼女の前では嘘はつきたくなかった。


「わたしかもしれない。でも恥ずかしくて言えなかったの」


「ふうん、そうなんだ……。けど、パパはもうこの世にいないんだよね。もう一度パパに会えたら、たくさんお話ししたいなぁ」


 彼女がそう呟く眼差しはまた健気な幼子に戻っていた。私は由香の心を傷つけないように話した。


「パパはね、海に棲む神様に呼ばれて、天国へと旅立ったの。今夜会ったら、たくさんお話ししようね」


 できるだけ由香にはリアルな話で悲しい思いをさせたくなかった。これまで彼が亡くなった原因を告げていなかったが……。


 四年前の夏、『伊根甲が崎』の海岸で突然の高波に襲われ、私を救おうとして、祐介だけが命を落としたのだ。あの時、由香はまだ二歳になったばかり。「夫婦水入らずで行っておいでよ。由香は私が見ているから……」母さんの好意に甘えて、ふたりで京都の海に来た矢先だった。


 悲しく忘れられない夏を思い出した。あれは、久しぶりのふたりのデートで京都の奥座敷となる海岸を訪れ、彼が私の写真を撮っている瞬間の出来事だった。

 あの日から何度人知れず涙に暮れたことだろうか……。もし由香がいなかったら、悲しみに耐えきれず、彼の後を追っていたかもしれない。



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