アフタヌーンティー

 皿が太鼓の様だ。皿同士は金属製の棒で支えれており、皿の上にはケーキだの、小さい焼き菓子だの、が幾つか載っている。


「何だこれは」

「ケーキスタンドだよ。アフターヌーンティーは初めてかい?」

「アフターヌーンティーねえ。そんな小洒落たモン、ウチには無ぇな」


 もし有ったら、チビ達が大暴れしてすぐに転倒か、それか取り合いになって皿は行方不明の憂き目に遭うこと請け負いだ。金属製の棒はチャンバラの道具に早替わりだ。形状的に盾や槍になるだろう。

 ここは食堂車。

 窓の外は、雪の被った木々が通りすぎてゆく。吹雪はもう止んだようだ。草食動物が列車の音に慄いて駆けていった。列車が線路を走る音がやかましいのか、外の音は聞こえない。

 曇天だからか、ランプは煌々と灯り、皿やティーポットに影を落としている。紅茶とバター、それからラビッターの油の匂いが混ざり合って奇妙な匂いを醸し出している。昼間なのに贅沢だな。夜が長いこの時期の燃料切れは死を意味する。特に、おれ達のような貧乏人にはな。

 ラビッターの脂肪は引火性が強く、芯を立てればそのまま蝋燭になるくらいだ。匂いがキツくなるのに加え、煙には微弱な毒があるのでで換気は必須だ。この煙は鼠やあぶら虫避けにもなるが人体にも害がある。

 魔技魔導技術で空調の効いている列車内であるのなら問題無いのだろう。さすが裕福層向けの移動手段である。


「ほほう!なればこそ、この、私がアフターヌーンティーの極意を教えてあげよう!」

「いらん」


 なんか癪だ。おれは素手でケーキを掴みとった。


「えっ」


 そのまま齧り付くと、甘いバタークリームとシロップ漬けのスポンジの香りが広がった。

 美味い。

 バタークリームはバターの香りが高く、口の中でとろける感覚があまり遭遇しない感じだ。スポンジはラム酒で香り付けされているらしい。噛み締めるとじわりと広がるラム酒のシロップに乾燥した甘酸っぱい果実の組み見合わせが良いな。こりゃあチビ達も好きそうだ。レシピか何か、後でもらえないか聞いてみよう。


「ねえ、一つ聞きたいんだけど、君みたいな容姿の人って尻尾とか自分の意思で動かせるのかい?」


 ロイヤルミルクティー卿は形容し難い表情でそう言った。この表情はあれだ、やんちゃ坊主がど下手くそなお手伝いを披露した時の母親に似ている。なぜそんな表情を向けられるのだろう?

 ロイヤルミルクティー卿の視線はおれの後ろに注がれている。

 誰かいるだろうか。振り返って確認してみたが、飯時を過ぎた食堂車に人影なんぞあるはずがなく。おれは脳味噌を疑問で支配されながらロイヤルミルクティー卿の方に掌を向けた。


「『混じり』具合にもよるけどな――おれの場合は」


 小指から順番に爪を出し入れして見せた。

『混じり』の先祖は遥か昔、おれ達と同じ姿をしていたらしい。


「爪とかはこうやって自由に出し入れできる」


 ノラは自分の耳をつまみ上げて見せた。

 爪も毛皮も鱗も持たない『人間』と交わるうちに、『混じり』の特徴は『人間』にも現れるようになった。


「耳は勝手に動く事が殆どだ。警戒してる時とかは立ってるらしいぞ」


 らしいぞ、と言うのもチビ達からの受け売りだがな。

 次に、左右に揺れていた尻尾を捕まえて、身体の前に持ってくる。

『混じり』具合は個人差がある。耳だけ『混じり』だとか、肌の一部だけ『混じり』だとか。

「尻尾は半自動、だな。勝手に動かしておくのが殆どだが、簡単な物を取ったりくらいなら出来る」

 そう言ってノラは尻尾を伸ばして机の上のスプーンを取って見せた。

 おれはその中でも珍しい『混じり』の先祖帰りだ。

 付着した毛を払って角砂糖を掬い、紅茶に入れる。おれは紅茶に角砂糖二つ派だ。


「こんな説明で満足か?」


 かなり珍しいらしく、短くないこの人生の中で一人だけ同じ『混じり』に出会ったことがある。そいつは大道芸人のドラガァクイーンなドラゴンの先祖帰りだった。

 ロイヤルミルクティー卿ははちはちと瞬いた後、口角を上げ、顎を両腕に乗せた。


「案外、動くものだねぇ。まるで手品みたいだ」

「ま、生まれた時から“こう”だからな、有効活用しない手はないだろうさ」


 さて、ここは食堂車。時刻は午前のおやつの時間だ。

 あのあと、ロイヤルミルクティー卿はローレッドにゼルセレン卿の遺体を観察していたと説明した。ロイヤルミルクティー卿の主張では自殺だったら遺書の類、他殺であれば何か証拠があるだろうからそれを探していたと説明した。

 朝飯を食いっぱぐれたと主張するロイヤルミルクティー卿に代替として提案されたのがこのアフターヌーンティーなる物だ。甘いものが朝飯の代わりになるとは思わない。が、無いよりマシだろう。

無料で提供してくれる様子だし。おれとしては普通に黒いパンと肉か魚とチーズなんかがありゃ十分なんだがな。ついでにコーヒーなんかもあるともっと嬉しい。

 ロイヤルミルクティー卿はロイヤルミルクティーを笑顔で受け取ると笑顔のまま口をつけた。なんか変な文章だな。

 給仕にきたローレッドが立ち去ったのを確認して、おれはバタークリームのついた手を拭った。


「んで、これからどうすんだ?」

「どうする。とは?」


 伯爵は笑みを消してチラリとコチラに視線を寄越すと焼き菓子を手に取った。ロイヤルミルクティー卿はその焼き菓子を真っ二つに割ると、 その断面にジャムを盛り付けた。


「おれぁ急いでんだ。到着駅で捕まるなんて真っ平御免でね。その余裕ぶった様子からすっと、何か策でもあんだろ?」


 じゃなきゃ、狂人の類いか空元気だ。

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