事実確認

「肩が凝って仕方なかったぜ」


ローレッドに縄を解かれたノラは自由になった両腕をあげた。ぐっと腕を上げると血液がしっかり巡るようだ。


「そういえば、君、まだ縛られたままだったね」

「むしろ、あなたはどうやって拘束を?」


ローレッドの問いにロイヤルミルクティー卿は指を左右に振った。


「探偵には幾つか必須技能があるのさ。縄抜け、変装、鍵開けに簡単な体術」

「はあ」


まあ、そんな反応にもなるだろう。


「お前さんはどうしてここに?」

「私、ですか?」

「そーだよ。助かったけどよ、縄を外しに来る義理はないんじゃねえか?」

「それは……」


「それならばこの私が説明しよう!

私の推理によると、君はこの列車の乗組員として私たちをお客として扱うように言われたのではないかな?

夫妻には表だって逆らうと角が立つのだろうし、ごく普通の地人ならばこのまま貨物室に閉じ込められていたならここに二つ死体が増えるだけだろうさ。

まあ、結果はご覧の通り私達はピンピンしているけどね!」


おれは飽きてきたので、ローゼレッドから毛布と暖かいスープを貰った。コーンポタージュにクルトンが浮いていて旨い。


「そもそも、私達は形式の為にこの貨物室に閉じ込められたのであって、本当に犯人として閉じ込められた訳ではないのさ。貴族お次男だか長男だかわからないが、ここには突如ゼルセレン卿の死体がある。

ならば、もっと大騒ぎしてもいいはずさ、件のミスタ、ハンスだって家族であるならば、真っ先にこの死体について何か閃く筈何だ。それがどうだ?これと言って特に反応がなかったのはおかしいだろう?」

「おー、ヒートアップしてるとこ悪いんだが、あの商人夫婦とゼルセレン卿は面識はないぞ?」

「えっ」

「ハンス殿は確かにゼルセレンの者だが、それはここ二、三年からに過ぎない。ハンス殿は確か若え時から商人として豪腕を奮ってて、ターニア殿と結婚して子供が勢人してからゼルゼレンの人間なったんだ。地域こそ微妙にかぶっちゃいるが、会食とかはなかった筈だぞ?そも、ハンス殿がゼルゼレンを継げるのかさえもわからんしな」


ロイヤルミルクティー卿は崩れ落ちた。


「そ、そんな……私の完璧な推理があっさり瓦解しただと?!」

「瓦解以前に推理もクソもねーじゃねえか」


ゼルセレン卿の辺りについてはこの地方で生活しているなら自然に耳に入ることだ。歳の離れた相続権があるのか怪しい兄弟の事なんて、本人に直接聞くのは失礼だろう。よって、どう足掻いても違和感のあるおれ達が事を収める為に貨物室に入れられたのだろうとノラは納得している。

この目の前のロイヤルミルクティー卿はそんな事もお構いしなかったのだろう。

そういやさっき、死体と貨物室を調べたかったからって言っていたな。こいつ、本当にそれだけで凍死の危険性がある貨物室に閉じ籠る選択肢をとったのか?阿呆の極みだろ。


「くっ屈辱の極み。この雪辱……雪がずにいられるか……!」

「や、わりとどーでもいいけどよ。結局ローレッド嬢は一体どんな用でここにきたんだ?わざわざ怪しまれる行動とらんくてもいいだろうに。あとコーンスープがうまい。作った奴に礼を言っておいてくれ」

「ありがとうございます。では、車掌にその様に」


あの車掌、料理も出来んのか。凄いな。

ローレッド嬢は笑顔でお礼を言ってから表情を曇らせた。


「ええと、概ね、そちらの方が言っていた事で会っています。お客様を目的地までお連れする事が私共の使命ですから。しかし……その」

「ああ、君が言いずらいなら言葉を継ごう。天秤の使徒が私達の降車駅で待ち構えているとね」

「天秤の使徒が!?なんでそんな大ごとに?」


天秤の使徒とは天秤の魔女の代理人である。

旅人及び冒険者は天秤の魔女の法に従う義務がある。地人は住む国の法律に従うのが基本だが、国家に属さない旅人が守るべき法が天秤の魔女の敷いた法である。国家に属さない司法機関というのが彼らの自称である。

何でおれがそんな詳しいかって?

それは行く先々でかなり世話になっているからである。税金の納め方や質入れの制度やなんかは国によってかなり変化があるんだ。滞在先によっては入国時に税金を払わにゃならん所や二週間以上滞在したら財産の何割、なんて所もある。

税金の滞納はうっかりで冒険者はやりがちなので間を取り持ってくれるのが天秤の使徒である。

彼らは一様に親切で、何なら、無駄に難しい文章を通訳してくれたりするので頭が上がらないのだ。

あと確定申告。

冒険者は皆一様に個人ジギョウヌシであるのでギルド会費を徴収する時期になると天秤の使徒達は修羅と化す。

よく考えて欲しい。

一口にに冒険者と言っても農業の傍らに冒険者やってる奴や、便利だからと商人や宿屋と冒険者を兼任しているのがいる。おれのような、冒険者のみを生業としてる奴の方が全体の割合としちゃ少ない位らしい。

それに加え、おれ達は冒険者だ。

するってぇと、要するに、自慢じゃないが無骨で杜撰で荒くれ者で学の無い奴らが多いのだ。そんな奴らが事ある毎に下一桁まで覚えているだろか?

……まあ、そういう事だ。

知り合いの旅人に言わせれば、自衛できる法律家。司法会計士も含む。なんて言ってたけど、一体何の事だ。

驚くおれを他所に、ロイヤルミルクティー卿はさも当然と頷いた。


「魔女を詐称する罪は打首か、軽くて片腕か片足持ってかれるだろうね」

「んなあっさりと……」

「だって、私が魔女なのは事実だからね!君こそ、喜ばないのかい?これで承認に必要な人間の三分の一が埋まるよ?」


まだ続いていたのか、それ。というかそもそも、天秤の使徒が来たとしても、天秤の魔女はきてねぇんじゃねえかな。噂じゃ、天秤の魔女はもう死んでるんじゃ無いかって言うのもあるくらいだ。そりゃ、二、三年も表舞台に出てない魔女は死亡説を囁かされてもしょうがない所があるだろう。


「魔女番付に載っていない奴を信じ切れるほどおれぁ楽観出来ないね」


魔女番付とは、毎年魔女集会サバトの時期になると発行される魔女の専門誌である。君子危きに近づかず。魔女とは冒険者にとって歩く災厄である。噂しか流れてこない魔女について詳しく知ることができる唯一の発行物である。


「あ、そう言うのもあったね。あんな虚構ばかりの本にどんな価値があるのだろうと思っていたけれどここに読者がいたのか」


とあっけらかんと言い放つロイヤルミルクティー卿。 


「……なああれ、魔女協会公式のやつじゃなかったか?」


例えば、二年前に魔女になった銀貨の魔女は厄災の竜を銀貨一枚で倒した猛者である。だとか、アリアドネで知られる仮面の魔女が隣国のアテネッラ女王の式典服を作成しただとか、三日月の魔女は普段隠れ里に住んでいて月の光を黄金に変える事が出来るとか。雑多な情報から荒唐無稽な情報まで選り取りみどりである。

なぜ人々がこれを読むかって?

それは、魔女の情報が限りなく無いからである。うっかり酒場でぶつかった相手が魔女だったらと思うとぞっとしない人はいないだろ?そう言うことだ。

ロイヤルミルクティー卿は何とも言えない表情を顔に滲ませて悩ましそうに言った。


「一回読ませてもらったんだけどね。脚色多くって、これ誰の事書いてあるのかさっぱりだったね」


おれはため息をついた。八方塞がりじゃねえか。結局、おれ達は何で魔女を判断すればいいんだ。それと、目の前の無一文の代金は誰が建て替えてくれるんだ。


「あの、私から一つ、質問があるのですが……」

「うん、どうしたのかね?」

「この状況は一体……?」

「「あ」」


見渡すと、ゼルセレン卿の死体に持ち物が散乱している。ラビッターの死体はいつの間にか消えていた。






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