ゼルセレン卿の噂2

「さっき?…………………………さっき?」


 ロイヤルミルクティー卿は呆気に取られた顔をした。


「もしかして、ハンスさんのことかい?いやはや、そんなことあるのかね?」

「もしかしなくてもあるんだよなぁ、これが」


 そうなのだ。さっき食堂で会ったハンスという男。かなりの年嵩だが四男である。正確には、四男扱いされている男だ。ハンスという男は先代のゼルセレン伯爵の後妻の連れ子である。貴族社会は血筋が優位なので養子や連れ子は年齢序列では無く、血筋優先で序列が決まるのだ。

 ハンスの母親は山脈一帯を取り仕切る商人ギルドの元締めだ。再婚した時にはすでに中々の高齢で、一体何のために再婚したのだか……となったが、ゼルセレン伯爵の領地が一気に金回りが良くなったがため、巷ではこう噂されている。

 ――――先代のゼルセレン伯爵は商人の人脈の為に結婚したんだとさ。

 それが、今現在、中々のこじれっぷりを見せている。


「隠居した先代の後を誰が引き継ぐか。それだけが問題だ――。ねえ」

「お?お前さんもトトカルチョに加わるか?オッズは四男が大穴、長男が一番人気だぞ?」

「それって、違法賭博というんでは?」


 たしかにギルド組合では、ギルド公認の施設やイベント以外の賭博は禁じられている。


「いいじゃないか、金銭は賭けてねぇぞ?」

「じゃ、一体何をかけてるんだい?」

「食事処の割引券」

「町内会かな?」


 なんだ町内会って。馬鹿にできないんだぞ?中々食えないステーキ定食がなんと半額で食える。


「所で、話は変わってしまうのだけど、一つ聞いていいかな?」

「何だ、内容による」

「ああ、大した事では無いよ。君、ミミコ嬢に対して異様に当たりが強い様に感じてしまってね。発育に良いあの様なタイプは苦手なのかい?もしかして、猫ちゃんってかなり初心とか」


 これだから旅人は。


「――――はあ。あのな。獣の混じりってのは幼少期の口の発達の関係で呂律が回らなくって変な語尾になっちまう奴のが多いんだよ。成人でも語尾が変な奴は口の中まで獣混じりで後遺症が残ってるか。

 ――――もしくは好きで語尾をつけてる奴だよ」

「ふーん?なるほど。よくわからないけどわかったよ」


 それはどっち何だ。

 猫混じりのおれからするとミミコの発言は、その、なんていうか、幼児語をいい大人が使っているように感じられるのだ。〇〇ちゃんかわいいでちゅね〜とか〇〇たっちすゆの!とかそう言う奴である。混じりっけの無い奴からするとただのキャラになる所が混じりにとって頭の痛い事例である。


「んで、死体は誰の何だ?」

「君、は会ったことがないのだっけ?」


 この質問は三度目だが、こいつ、何がそんなに気になるのだろうか。


「嗚呼、噂では長男が長身で次男が痩身だとか」

「一体どっちなんだい!……じゃなくって、この死体はさてはて、の物なんだろうね」

「誰って、ゼルセレン卿のもんじゃないのか?」

「そうだけど、そうじゃない。この死体は件の四人のだ誰のものであるのかしら、ってことだよ」


 そう言って、ロイヤルミルクティー卿は立ち上がった。どうやら、一通り調べ終わったらしい。ロイヤルミルクティー卿はグッと伸びをすると、貨物室の中を歩き回った。冬眠から起きた熊の様だ。


「――さて、視聴者が猫ちゃん一匹とは少々寂しい物だが、始めようか」

「始めるって、何をだよ?」

「勿論――推理さ」


 そう言うと、ロイヤルミルクティー卿は髪の毛をかきあげた。扇のように広がった金色の髪は、さらさらと流れて持ち主の体に落ちていった。


「推理ってなんだ?探偵気取りか?」

「そうではないさ――私はまごう事なき、探偵だもの」






「その話、私も詳しく聞いてもよろしいでしょうか?」


 振り向くとローレッド嬢が扉の所に立っていた。

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