貨物車両にて3 ないしはラビッターの肉について

「死後七日を過ぎたラビッターの肉は魔女条約にて輸出が禁じられているのは知っているかい?」

「あ、ああ。一応。加工肉なんかも駄目だったよな」


 一度、自作の干し肉ジャーキーであわや自衛団にしょっ引かれそうになったことがある。未練はないが、相変わらず妙な物を取り締まる物だと思ったものだ。

 後、ラビッターでジャーキーを作るのはお勧めしないぜ。マシュマロ食感のゴムを食べたいなら別だがな。


「では、この列車はどこ行きだい?」

「確かアルンデラ……って事はこの肉は輸出されようとしているのか?!」


 この列車はミスティアリカの街から出発し、エルドラド山脈の麓に沿う形で緩やかに高度を下げ、麓のセリカの街、そして国外のアンデラが最後の停車地だ。

 始発から終点までおよそ五日間の旅である。この列車は降りと登りの二車線が存在し、外を確認していないが、今走っているこの列車の隣にはもう一つの線路が存在するはずである。


「そういうこと。この一つだけじゃなくて、他にも幾つかあるだろうね。何せ、ご当地のお土産は他方向に配るのがセオリーだからさ」

「違法な土産もあったもんだな……」


 見つかったら魔女及び魔女協会に目をつけられる土産なんて物騒なことこの上ないぜ。魔女に目をつけられた奴の今後なんて考えたくない。姿を見せなくなった冒険者が実は魔女に目をつけられていて、表を大っぴらに歩けなくなった。なんて、よく聞く話だ。


「この列車に乗る前に検疫がなかっただろう?なんらかの賄賂でも働いてたんじゃないかな」

「あの車掌か?」

「いんや、ローレッド嬢の方さ。受付もあのお嬢さんの仕事だっただろう?余程、彼女は信頼を得ているようだね。もしくは、ラビッターの肉についての条約が締結したのはここ最近だから知らなかったかも知れないけど」


 ラビッターの肉に関する条約、かなり前からある認識なんだが。おれが冒険者になった頃からあったぞ。

 本当に魔女って変な物取り締まろうとするよな。

 塩漬けの魚を発酵させた物を密封容器に詰めた奴は、密封してから十年以上たった物は輸出禁止とか。割と意味わかんねえものな。アレは食べると暫く鼻が馬鹿になるが旨い。


「ここ最近って、一体何年前からあるんだよ」


 ロイヤルミルクティー卿はのんびり天井を見上げてから平然と答えた。


「――十年くらい前かな」

「かなり前じゃねえか!!!」


 旅人単位で語らないでくれないか?!なんで旅人という奴らは五年も十年も一緒くたに語るんだ。

 異世界人である旅人は老いもしなければ食事も睡眠も必要ない。不意に現れて、不意に消えてゆく。流れゆく者。この世界の異邦者であり、部外者であり分岐路に立つ人間の総称である。彼等は国を持たず、領地を持たず、子供を持たない。そして大凡は美形である。

 故に、精霊の加護厚きこの大地に根付かない根無草。――旅人なのである。

 ノラは大きくため息をついた。


「――ともかく、ローレッドも怪しいんだな?」

「うん。彼女、悲鳴をあげて私達が駆けつけた時には何も持っていなかったでしょ?きっと、夫妻と話していた帰りなんだと思うよ」

「なんでそこに夫妻が?」

「だって、この荷物は夫妻の物だろう?そこにラビッターの肉を隠すなんて内部の人間の仕業かご本人しか出来ないだろうさ。それで、三日後の打ち合わせ、と」

「なるほどな。それだったら辻褄が合う。――辻褄は合うが、ゼルセレン卿の死体の件は一切解決してねぇよな。そこんとこどうなんだ?」


 ノラの質問を受けて、ロイヤルミルクティー卿は髪をかき上げた。ふんわりとくすんだブロンドが広がる。


「それを今から検証するのさ!何、そのために貨物車に軟禁する様に仕向けたと言っても過言でないもの」




「…………おれはどっから突っ込めば良いんだ……」

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