貨物車両にて
腐敗が進んだ肉の匂い。なめす前の、毛皮の特有の匂いがする。しんと刺すような寒気にノラは身を震わせた。
ノラは混じりの先祖帰り。全身毛皮に覆われているから寒さには耐性があるが、毛皮がない人に酷な寒さだろう。
「……なんでこうなった」
今朝と同じセリフ再びである。ノラは身じろぎして天井を仰ぎ見た。暗闇に粗末な木目が見える。そんな粗末な作りで雪がどうにかなるのか不安だが、天井の隅の辺りに霜が張り付いている様子から駄目なようだ。
依然、列車の音がしている。寝そべっている分、車輪が線路の上を走る振動がよくわかる。
ここは貨物室である。横には何故か一緒に縛られたロイヤルミルクティー卿が転がっている。はずだ。
ミミコは無実になった。
ゼルセレン伯爵が見つかった時、ミミコは凶器になる物を所持していなかった事。それと、仲間達が庇い立てした所為である。おれの勘では完全にミミコは黒だがな。
計画殺人はやらんだろうが、確実に何かしら後ろ暗い事はやっていそうだ。
その他の二人は完全にこの世界に降りてきて間もない
ゼルセレン卿の死因は誰がどう見たって首をもがれた事による多量出血だ。問題はどうやったか、だ。
魔法や魔術の線も考えられるが、
エンドーラとセッズドーラは中級魔法に分類され、試験に受からないと使えない魔導の一種である。
上記二つは中級魔導に分類され、迷宮内での同士討ちでの身の潔白の証明や市内戦闘での功績の確認など、幅広く使われる。
中級魔導の資格は冒険者として生きる魔導士には必須な資格だ。しかしそれはあくまで冒険者の魔導士として生計を立てていく場合である。
無魔のおれと自称魔女のロイヤルミルクティー卿、駆け出し冒険者の三人衆は勿論、ただの商人である夫妻も扱えないのである。車掌やローレッドを筆頭とした従業員にも扱える人間は居ないらしい。
ま、冷静に考えて、得体の知れない事を言い出す狂人と怪しい先祖帰りの猫混じりを疑うなというのが無理というものだ。
この列車のお
と、そんな事を考えていると、ノラの視界にひょいと影が落ちた。ロイヤルミルクティー卿が逆さまにこちらを覗き込んでいる。
「おい、縄はどうした」
「縄?縄ならそこに」
ロイヤルミルクティー卿は顎をしゃくった。視線を横にずらすと縄が落ちている。なんと綺麗な円状である。
ノラは驚いた。
「お前、縄抜け出来んのか」
ロイヤルミルクティー卿は片目を瞑ると「まぐれだよ。今回もね」と言った。今回も、って事は前回も次回もあんのか。大変だな。
それから、ロイヤルミルクティー卿はたはたと瞬くとノラの全身をじっと見た。
「所で君、いつまで縛られているんだい?君の筋肉量ならそれ位引きちぎれるだろう?」
「いや、けじめってもんがあるだろ」
「ほら、ついでに猫ちゃんなんだから、自慢の爪研ぎでもしたらいいんじゃないかな?」
「いいかげん張り倒すぞおめえ」
流石に、見回りにきた時に貴族の殺人の容疑者が自由に歩き回っていたらおれの疑いが深まるだけだろう。
おっと失礼。とロイヤルミルクティー卿は一つ咳払いして右手で空中を混ぜた。
「事件が無事に解決すれば、けじめも何もないと思うけどね」
「解決って言ったって、ゼルセレン卿殺害の犯人も何もわかんないんじゃしょうがねえだろうよ」
ロイヤルミルクティー卿はまるで踊る様に、ノラに振り向いた。灰がかったブロンドがふわりと広がる。灰銀の瞳にノラの金色の瞳が映る。
「犯人かい?それは明白さ。
ーーーーーーーーこの列車にはいない」
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