食堂車両にて2
「…………ってなんだ、その、ダスキンモップってのは」
「優秀な道具の事だよ。まあ、今は特に関係ないけども」
「関係ないならなぜ今」
「お二方、仲がよろしいにゃん」
「「よくない」」
チッ。なぜかロイヤルミルクティー卿と声が揃ってしまった。
「にゃん、だって可愛いね。どこぞの猫ちゃんと比べて」
「あ゙?」
「おや、ご機嫌斜めかな?すまないね、お嬢さん。このドラねこちゃんが怖くて」
「うみゃうみゃ、良いのにゃん。ミミコが可愛いのは事実ですから」
そう鷹揚な仕草で笑ってミミコはマサルの腕に抱きついた。当ててんのよという奴だ。おれはなんだか見ていられなくなって視線を逸らした。
「ええと、それで、あなたは?」
ロイヤルミルクティー卿はいつの間に注文したのかティーカップを傾けている。
「私?私は通りすがりのロイヤルミルクティー卿さ。……じゃなくて、月見酒ならぬ、月見ロイヤルミルクティーをしていたら同室の彼が出ていくのが見えたから後を追いかけたのさ。特にローレッド嬢と変わりがないと思うけど」
「月、お外にないにゃん」
…………確かに。外は新月だ。しかも、吹雪で空は見えないとくる。
「いやいや、ティーカップを満月に見立てていただく最高にハイソで上品な嗜みだとも」
「……つまり、アンタは部屋から出なかったと?」
と商人のハンス。貴族のような格好の夫婦の夫の方だ。ラビッターの毛皮の取引を生業としているらしい。上質な仕立てのジャケットには肉が乗っているのが見て取れる。
両手には大粒の宝石の指輪がはまっていた。メリケンサックか?
「素人でもわかる質問だね。そうだとも!私は部屋から一歩も出ていない。証拠はないがね。
でも、それは君たちも同じじゃないのかい?一体、君たちは昨晩から明朝にかけて何をしていたんだい?証拠と根拠があるなら私達を疑うのも良いが、身の潔白を証明する事も大切じゃないのかな」
ロイヤルミルクティー卿の言葉にその場にいた全員は顔を見合わせた。
「では、アタシから行こうかね」
最初に口を開いたのはターニア。商人の夫婦の婦人の方だ。見た目も肝も太いらしい。真っ赤なドレスに緑のネックレスが派手である。
「アタシたちは客室にいたよ。ハンスと一緒にモーニングティーをしていた所さ。配膳はそこのローレッドとか言う子だったねえ。それで、悲鳴が聞こえたから部屋の外に出たのさ。」
「と、なるとローレッドさんは配膳の帰りだったのですか?」
と、マサル。
ローレッド嬢は真剣な顔で頷いた。
「ええ、モーニングの注文があったので」
「ふむ、ではなぜワゴンを引いていなかったんだい?この列車のモーニングは中々量が多いと聞いたのだけど。私、ちょっと楽しみにしてたんだよね」
「それについては私が説明しましょう」
そう言ったのはこの列車の車掌だ。名前は確か――――まあいいか。
「我がマークトワイス号のモーニングはお客様が食べ切れない量を準備しております。我が家訓に従って、空腹は敵です。なので、皆様のお食事は食べ切れない程用意しております」
「ほほう、そいつは最高の家訓だな」
おれは舌なめずりをした。思えば、昨日の夜から何も口にしていない。
ロイヤルミルクティー卿は大きく頷くと人差し指を立てて片頬に当てた。
「食事の支度にはワゴンが必要不可欠なのさ。最も、客室でモーニングを取る場合だけどね。でも、今朝は違った。もしかして、紅茶だけだったのかい?」
「ええ、奥様から簡単な軽食と紅茶を届けるように注文を受け付けましたので。皆様の朝食はこの食堂車で召し上がって頂く予定です」
「なるほどね。それで、ローレッド嬢があの時何も持っていなかった事には説明がつくね。では、マサル君。君たちはその時、何をしていたのかな?」
3人は顔を見合わせると、おずおずとマサルが口を開いた。
「僕達は、先程も言ったようにゼルセレン伯爵の護衛なので、不眠番を立てて、護衛をしていました」
「の、割にはゼルセレン卿の異変に気が付かなかったみたいだけど?」
マサルは俯いて視線を逸らした。
「……それ、は」
「ミミコが、ミミコが悪いですにゃん。ミミコがわがまま言ったから……」
「良いんだ、ミミコ。しょうがない事なんだ」
急に泣き出すミミコとそれを慰めるマモル。うん、おれは何を見せられてるんだ。
「ええと、ミミコがうっかり居眠りしてしまったうちにゼルセレン伯爵の姿が消えたんだよ。だからミミコは責任を感じているらしい。昨夜は話し込んでしまったからね」
おい、職務怠慢じゃねえか。
「なるほどね。ミミコ嬢が見張の番の時にゼルセレン伯爵がいなくなったと。そして、それに関してアリバイを証明できる人物は……」
ロイヤルミルクティー卿が辺りを見渡すと3人は揃って首を横に振った。
と、そこでやおらにハンスが立ち上がって、ミミコを指差した。
「じゃあその女が犯人だ!最初っからおかしいと思ってたんだよ。媚びでも売って面倒になったから殺したに違いない」
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