死体2

 曇天から雪が次々と現れている。空模様から時間を読もうと思ったが、この有様では難しいだろう。辛うじて昼間だと言う事はわかる。

 ノラは雪国で生きてきた冒険者だ。泊まり込みで獲物を狩る時は空と、周囲の動植物の動きで時間を感じ取るものだ。例えば、エルドラドの西側に自生する山百合根は日中の二時間だけに葉を広げる。根は中々美味いが、葉だけだと地獄百合に間違えてやすいのが難点だ。地獄百合には毒がある。何度か当たって腹を下したことがある。

 そんなことはともかく。

 おれは男の死体に近づいて持ち上げた。思ったより重い。結果的に引きずる羽目になってしまったがまあ良しとしよう。はたはたと床を汚す血液。千切れた様な首の断片から未だに血が溢れていた。


「……どこに安置して置こうか。お嬢さん。霊安室……なんて物は無いよね。外がこんな天気だから放って置いても腐敗は進み難いだろうけどね、出来れば人が入らない所が良いのだけれど。心当たりないかい?」

「そんなの知ってる方が可笑しくないか?」

「いえ、知っています。貨物室などどうでしょうか」

「お、おう。良いんじゃねえか?」

「何を驚いているんだい?彼女はこの列車の乗務員だよ。君は今朝、ロイヤルミルクティーを客室に運んで来てくれた人だね?どうして此処に?巡回には少々早過ぎると思うんだけれど」


 なるほど、言われて見れば確かに。女はこの列車の乗務員のようだ。ブラウンのタイトスカートに揃いのベストと制帽には同じ意匠が刻まれている。エルドラドの山脈に登る太陽を表したマークは確か、この列車を運営している会社の物だったはずだ。


「それは……」

「おいおい、悠長にそんな事話してる場合かよ。重いんだが?」

「おっと失礼。律儀に抱えてる必要なんて無かったんだよ?それくらい、下ろして置けば良いんじゃないかな」

「血で床が汚れるだろ。掃除かったるくないか」

「それは一律あるけど、新鮮な死体を抱えて言う台詞じゃないよね」

「この状況全部そうだろ!大体、この場面を誰かに見られたりしたら……」


 その時、再び悲鳴が鳴り響いた。見ると、猫混じりの女と二人の人間の男の3人組がこちらを驚愕の表情でこちらを見つめている。


「ひ、人殺し…………!」

「大猫が人を襲っているぞ……!」


 どうやら叫んだのは猫混じりの女らしい。女の悲鳴で叩き起こされたのであろう他の乗客も何事かと集まってきてしまった。


「あーいや、君たち落ち着いてね?」

「なんだ、せっかく心地よく寝ていたのに」

「アラま、物騒ねえ。」

「み、皆さん。落ち着いてください」


 おれは死体を抱えたまま、ロイヤルミルクティー卿に半眼で言った。


「……遅かったな」

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