死体
悲鳴で目が覚めた。
客室を飛び出すとそこには女がへたり込んでいた。
「おい、どうした」
ノラが問いかけると女は血の気が引いた顔で車両の外を指した。
「血が……血が……!」
赤い。
確かに血だ。
赤い液体が飛び散っている。
男はそこに居た。この列車の結合部は手すりに囲まれ、隣の列車とは蛇腹の板で繋がっている。その継ぎ目のなめらかな木目が鮮血に染まっていく。
雪除けの屋根があるものの、この吹雪の中ではこの吹雪の中ではあまり意味をなしていないようだった。
降り続けるボタン雪が血溜まりに沈んでいく。血飛沫が派手に広がっていた。
そして、その男には首が無かった。夜の気配を残したに手すりに死体がぶらぶら揺れていた。手すりに身を乗り出したような格好で殺されたのだろう。
緑色の上等な狩猟ジャケットに繊細なレースを施されたカフスが血に染っている。酸素を取り込んだ血液は酸化を始めていて赤黒い。
手近な血溜まりに鼻を近づけると赤錆の匂いした。
「赤いな」
「確かに赤いね」
いつの間にか後ろにいた伯爵はひょいとおれの手元を覗きこんだ。
「お前、いつの間に」
「さっきから此処にいたさ。気が付かなかった?」
「
死体の方へ顎をしゃくると伯爵はなるほどと頷いた。
「死体?中々新鮮みたいだね」
「ありゃ即死だろうな」
血溜まりの前にしゃがみ込んで伯爵と頷きあう。どうやら同意見らしい。そんなおれたちに女が引き攣った声を上げた。
「あ、貴方達、どうしてそんなに冷静なのよ……!」
「あー、おれぁ冒険者だ。手とか吹き飛ぶのにゃ慣れてるんだよ。首が飛んだのは始めてだがな」
冒険者ギルドには大概、治癒魔法や魔術が使える人間が屯中している。千切れた手や足持って行けば継いでくれるという寸法だ。
手や足が持って行けなくても生やせる方法もあるが高く付く上、復帰に時間がかかる。手や足を生やす場合は神経と脳の接続にラグが通じるとかなんとか。
ま、それでも血を流し過ぎると死んじまうがな。
「私?私は色々な意味で死体に慣れてるからね」
「色々ってなんだよ」
正直、以外だった。自称ロイヤルミルクティー卿。なぞと言う明らかに温室育ちの都会人は血に耐性が無いと思っていた。しかし、よくよく考えてみればおれはこの奇妙な同行者の事を何も知らないのだった。
「色々は色々さ。ねえ、取り敢えず下ろしてやらないかい?このままだと線路に落ちて家族の元へいけなくなってしまうよ」
「お前、イスラム教徒か?」
異世界からきた旅人の大凡はおれ達地人とは常識が違う事が多い。そも、育った世界が違うから致し方ない物がある。
その溝を埋めているのがギルドの協定であり、天秤の魔女が提唱する公平法だ。学のない唯の冒険者であるおれには詳しい事はよう分からんが、身体的に大きな違いがある地人のおれが旅人と共に冒険者としてやっていけているのがその証だろう。
イスラム教とか言う奴は火葬や鳥葬より、土葬を好むから死霊系の魔物の温床になりやすいのだ。
死霊系の魔物がわんさか湧く地域の大元を辿ってみたら旅人の集落があったなんて事もある。ま、旅人は死体が残らないので、大方流浪の民と諍いでも起こしたのだろうと言う事で落ち着いた。
「いや?違うけど。普通に精霊教だよ私は。亡骸が無いと墓が作れないだろう?それに、死霊系の魔物になっても困るだろうさ。
私達、これから二日この列車に乗るんだよ?夜半に散歩してたら蠢く死体とばったりなんて笑えないじゃない」
精霊教というのはこの大地に住まう人の大半が信仰している宗教だ。それによると人は死後、魂は水の精霊と遊び、血は樹木の精霊の渇きを癒し、肉は火の精霊に慈しまれるものだ。地人の死体は精霊の養分となり、旅人の死体の全ては精霊に還る。よって、地人は精霊に愛されているだとか、旅人が精霊の寵愛を受けているだとか。まあ、そんな流派に分かれる。
おれ?集まりに参加する程度には精霊教を信じている。おれの様な無頼漢には精霊の加護なぞつかんだろう。
死霊系の魔物というのは、死体を供養せずに放置しておくと発生する魔物だ。蠢く鎧やアンデットの類である。
ここいらでは春の名物、ならぬ獲物である。何故って?もし、気に食わん奴の殺害を企てているなら雪山は避けるのをオススメするぜ。こっちとしては飯の種だからどうでもいいが。
「それにゃあ同意だな」
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