二等客室にて3

「…………………………あほらし」


 ――――魔女とは、この世界でざっと48人いる特権階級の名称である。そして、超常的な力の持ち主達の総称でもある。

 彼らは魔女の中の魔女と謳われる天眼の魔女に任命されて魔女になる。魔女になると国家予算相当の賃金が貰えるらしい。

 明日の食い扶持にも悩む貧乏人とは大違いだ。

 新人の冒険者が最初に教わることは『魔女に関わるな』である。真っ当な人生を送りたかったら全くの正論である。魔女の気まぐれで滅びた国の噂もよく聞く。

 だが、よく考えて欲しい。旅人もいるとは言え、大勢が生活していこの大陸の上でたまたま会う人間が48人しかいない魔女だなんて荒唐無稽か詐欺でしか無い。途方もない確率とはいえ万が一、億が一、そんな事があったのならおれはにゃんと鳴いてやろう。


「吐くんだったらもっとマシな嘘つけよ」

「たとえば?」

「月から降りてきましたとかな」

「えー。本当だってば。というか、君、偉そうだな。これで私が本当に魔女だったらどうするつもりだい?」


 魔女というのは特権階級である。領地も国民もいるわけではないが待遇としては一国の城主に匹敵する。誰だって、気まぐれで自国を滅ぼされたらたまんないからな。


「今までの非礼を詫びてなんでもしてやるよ」

「本当かい?」

「おれに二言はねえよ」

「もふもふとか……?」


 両手をワキワキさせるロイヤルミルクティー卿に白い目を向けた。


「おお……尻尾がダスキンモップみたいに……」

「…………それがお望みならな」

「――――でも、まあ、魔女の身分証明書は再発行が大変だからね。君には暫く不便をかけるよ」

「ギルドカードみたいに発行できないのか?」


 ギルドカードは魔力の波長で本人確認している為、紛失しても手続きが簡単だ。ギルドの中にある機械に手を翳すだけでいいらしい。なお、ギルドカードがない場合、それに紐着く銀行やら保険やらも使えなくなってしまう為、冒険者の間では死活問題である。


「うん。魔女の大半は無魔だからね。認証に時間がかかるんだよね。少なくとも3人の魔女の認証が必要さ」

「魔女3人か。ハードモードじゃねぇか」


 魔女は個人主義だ。放浪しているのや秘境に住んでいるの。生死不明の行方不明な奴がわんさかいるらしい。

 伯爵は一つ頷くと髪を払った。


「ま、私、知り合い多いから」

「ふうん。で、ここの料金おれ持ちになる訳だが、いつまでに返せるんだ?」


 この列車は三日後にセルムの街に到着する。霊峰エルドラドの麓を走る列車だ。

 伯爵は指折り数えると沈黙した。そして小首を傾げて、もう一度指を折った。


「え、えぇっと。三年後……?」

「おせぇわ呆けが」


 三年も待ってられるかっての。値段だけで、ウチにいるチビ達に一食しっかり食べさせられるってのに全く。


「ううん。ごめんね。私のこの顔で許して……?」


 顎に両手を置いて上目遣いでこちらを見上げるロイヤルミルクティー卿。銀の瞳が満月のようだ。いや、常に位置を動かさないという北の凍星だろうか。みっしりと生え揃ったまつ毛は鳥の飾り羽根の様である。やや切れ長の目元は空を舞う猛禽類のそれの様でいて、どこかか愛敬がある。自然なウェーブを描いた明るい麦色の長髪は、光を透かして銀がちらちらと目につく。

 ――誰がどう見ても美人である。

 ――――だが、それがどうした。そんな輩は


「や、お前の顔になんの価値があるんだよ」

「そんな馬鹿な!ねこちゃんだから人間の美的感覚が通じないとかかい?!なんたる失態だい?人、いやにゃん生の半分くらい損してないかそれ」

「損を感じたほどでもねぇな。だって人間、面倒くせぇし」

「君、全人類に好かれる造形しているくせに冷徹がすぎないかね?」

「撫でさせろと知らん老若男女に鼻息荒くしながら詰め寄られた事のない奴に言われたかないね」

「おっと……それは中々のホラーだ」


 想像したらしい。伯爵は顔を青くした。この姿でいる事に後悔ないが、若干、いや、かなり鬱陶しい。


「もういい。俺は寝る」

「えぇ……もっと話したいのだけれど」

「………………………………」


 おれは呆れ返って黙り込んだ。こんなに潔い奴は始めてだ。

 おれはソファに横になった。窓の外では依然、雪が降り積もっていた。


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