セグウェイの娘

阿炎快空

セグウェイの娘

 私は困っていた。

 仕事に追われ、来月8歳になる娘との約束をすっぽかし続けたせいで、とうとう嫌われてしまったのだ。


「誕生日、何でも好きなものを買ってやるぞ!」


 ご機嫌取りでそんなことを口走った私を睨みつけ、娘は言い放った。


「じゃあ、セグウェイがいい」






 セグウェイ。

 電動式の立ち乗り二輪車。

 娘曰く、


「オモチャ屋とか家電量販店で売ってる奴じゃ駄目!海外の富裕層が乗り回してるガチのやつね!」


 とのこと。

 生産は既に中止されていたはずだが、中古品が出回っていたりするのだろうか?

 頭を抱える私に、会社の同僚は笑いながら言った。


「だったら、野生のやつを捕まえればいいのさ」






 週末、私は同僚に連れられ、とある山の麓の樹海へ足を踏み入れた。

 同僚はあちこちに罠を張り巡らせながら、


「自分は狩りの免許を持っている」

「この森には近年数の激減したセグウェイの目撃例が多数寄せられている」

「自分も一度セグウェイを捕まえてみたかった」


 などと得意げに語った。

 だが、そんな彼の顔が突然曇った。


「これは……ルンバの移動跡……!」


 不法投棄されたルンバは〝人間こそが地球のゴミである〟と認識し、凶暴化するのだという。

 急いでその場を離れようとした私達だったが時既に遅く、木陰から現れたルンバの群れが私達へと襲いかかった。






 一体どれくらいの時間走っただろう。

 同僚とはぐれてしまった私は、数日の間、コンパスも効かない樹海を彷徨い歩いた。

 やがて歩き疲れ、行き倒れていた私を救ってくれたのは、一人の不思議な少女だった。

 年齢は15、6といったところか。

 動物の毛皮を身に纏い、野生のセグウェイを乗りこなしている。


「私、昔、捨テラレタ。私、セグウェイ、育テラレタ。私達、近ヅカナイ、誓エ。誓エバ、森ノ外、連レテク」


 少女は私のポケットからこぼれ落ちた、娘の写真を見つめながらそう言った。






 先導に従うこと数時間。

 遠くから私の名を呼ぶ大勢の声が聞こえてきた。

 同僚が助けを求めた地元の人達が、捜索隊を組織してくれたのだ。

 安堵して振り返ると、少女の姿は既になかった。


「ちょっと困らせたかっただけなの!パパが無事なら、プレゼントなんていらない!」


 泣きながら謝る娘を、私はしっかりと抱きしめた。






 休日の午後。

 私は久々に娘と遊びつつ、森で出会った、不思議な少女の姿を思い出す。

 セグウェイは本来、公道を走ることも許されない制約の多い乗り物だ。

 森の奥深く、法律や運転者から解放されたセグウェイ達の楽園に、彼女は今もいるのだろうか。


 そして思う。

 娘はこれで良しとして——約束をすっぽかし続けたせいで私を嫌っている息子(5歳)の欲しがっている、産業用ドローンはどうしたものか、と。

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セグウェイの娘 阿炎快空 @aja915

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