第5話

 目的地は、意外と近かった。筑波山神社だ。

自分の軽自動車では坂道がきついので長年避けてきた場所だ。ランドクルーザーなら、何の問題もなく登れてしまう。

 この神社は、縁結びの神様で有名。(ということは、須佐さんは私との縁を結びたくてここに来たのかな?)なんて、うぬぼれてしまった。

 参拝後、御朱印を待つ間に須佐さんの個人情報を失礼にならない範囲で聞いてみた。

「嬉しいな、俺に興味を持ってくれて。姫子ちゃんのことも、もっと知りたいから何でも聞いていいよ。ここは縁結びの神社だし」

「ありがとうございます。私も縁を感じていたので、嬉しいです」

番号を呼ばれて御朱印帳を受け取ると、ケーブルカー乗り場に移動する。

「初デートで、いきなり登山するわけにはいかないよ」と言ってくれたのだ。

筑波山は地元では関東平野の『でべそ』と言われる低山だが、山頂まで登山ルートを歩くにはそれなりの装備が必要だ。


 ケーブルカーに乗り込み山頂を目指す。高齢のご夫妻や団体の観光客と乗り合わせてぎゅうぎゅう詰めにされた。

 さりげなく窓際に立たせてくれて、片腕を窓の端に当てて(いわゆる壁ドン)観光客から守ってくれてる。

須佐さんの胸板にばかり目が行ってたから、すぐ横のシートに座ってほほえましそうにこちらを見ている高齢のご夫婦に気付くのが遅かった。

「若い人はいいわねぇ、ねぇ?おじいさん」

ご婦人が隣りに座るご主人に話しかける。

「ばあさん、あんまり見たら失礼だよ」

そう言われて、照れてしまう。須佐さんの顔を見上げると、何も言わないがニッコリご夫婦に笑いかけていた。

ケーブルカーが山頂に到着すると、押し出されるように外に出た。

「おっとっと」

つまずいて転びそうになる。

ガシッ

ウエストの辺りにガッチリした腕が巻かれた。そのまま人込みから離れたところに運ばれ、降ろされた。

「姫子ちゃん大丈夫?足を踏まれてたりしてない?」

「大丈夫です」

「思った以上に人が多いな、下りはゆっくり歩いて下山しようか」

(下りならそんなにハードじゃないのかな?)

「そうですね、時間ならあるし歩きますか」

声に不安感が出てたのか、顔をのぞきこまれた。

「心配しなくて大丈夫だよ、姫子ちゃんならおぶって降りられるよ。今ので重さがわかったから」

荷物を運ぶポーズをとりニヤリと笑う

「やだぁ!重かったんじゃないですか?恥ずかし~」

 売店で買ったコーヒーを飲みながら、山頂からの景色を楽しむ。

飲み終わったカップをゴミ箱に捨てに行くと、ケーブルカーで会ったご夫婦が腕を組んでご婦人を支えるように歩いているのが見えた。

「仲がいいなぁ、あんな風に歳をとりたいな…」

独り言をつぶやいたつもりだったのに・・・

「うん、いいね。俺たちもあんな風になろうか?」

すぐ顔の横で、目線を合わせて須佐さんが言ってきた。

「きゃっ…ビックリした、居ると思わなかった」

「ふっ…ビックリした顔も可愛いね。これからも色んな表情を見せてもらおうかな」

いたずらっ子みたいな顔で、左手を出して私の右手を握る。

 素肌が触れたのはこの時が初めてだった。その時

軽い貧血を起こしたようなフワッとした感覚に包まれた。

また頭の中に奇妙な景色が浮かんだ。目の前に巨大な蛇が鎌首をもたげて、こちらを見ている。

「…また…おまえかぁ…むすめを…わたせぇ…」

おぞましい声が今度は聞こえる。

「姫子ちゃん!どうしたの?」

須佐さんの声で意識が戻った。

「え…?」

「大丈夫?急に立ち止まるから、具合が悪くなったのかと思ったよ」

「な…何でもないの、お腹が空いたのかな?」

「何でもすぐに言ってね」

心配させちゃった…でも…何だったんだろ?須佐さんの左手を不安を払拭するようにギュッと握り返した。



「ふ~ん、で?ご飯たべて帰ってきたと…ちゅ~のひとつもしないんかい!」

「山田!下品だよ」

 月曜日、誰から聞いたのか(まあ宮島さんだろうけど)初デートの経過を報告しろと昼休みに捕まった。

「でもさぁ…おかしいんだよね。手をつないだだけなのに、意識ぶっとんで…変な大蛇?みたいなのが目の前で『むすめをわたせぇ』って」

「白昼夢じゃないんだから、ありえないでしょ?それより2回目のデートプランは決めたの?」山田の右眉が上がって、じれったそうにフォークを振る。

「まだ…仕事が忙しくなるからって保留中」

「ええい、まどろっこしいわ!うちのバカ(彼)に仕事変わるよう言ったるぞ」

そういうとスマホを取り出しメールを打つ。

ポコン 山田のスマホが通知を表示する

「あ~~~?無理だぁ?」

「山田!須佐さんパイロットだよ、宮島さん管制でしょ?どう考えても無理だよ」

「管制でも飛行機ぐらい乗れんだろがい!」発想が無茶苦茶だ。

「大丈夫だよ、仕事が落ち着いたら連絡来るから…たぶん」

そう、仕事が落ち着いたら・・


 そして週末、メールが届く。

「仕事が落ち着いたんだ、日曜日に基地の正門前に来てくれないかな?」

「日曜日OKです。でも基地って空港ですよね?」

「そう、待ってるよ。これから残業なんだ詳しいことは宮島に聞いてみて」

宮島さんって言ったって…

「やまだぁ~~~」

山田のアイコンを激しくタップした。

「聞いてるよ、基地に行けば会えるってさ」

「時間は?基地の正門のどこ?広いじゃん」

ビデオ通話で会話することにしたのだ。

「チョット待ってね、確か…あ、あったこれだ!え~と百里基地航空祭8時半から」

「え?航空祭なの?めちゃくちゃ人が多いじゃん」

「私らは関係者ってことで、優遇されるみたいだよ。私の車で行こうか」

「山田の…車?」以前、恐ろしく汚かったんだよな・・・

「大丈夫!ちゃんと掃除するから。うちのアホ(彼)も、そうしろってさ」

「分かった、よろしく頼む」



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