2章 虚ろなる足跡
薫子たちは、迷宮の中をさまよい歩いていた。
最初にいた老人や少年などはいつの間にかはぐれてしまったようだ。
薫子の手にあったはずの鎖もいつの間にか消失していた。
ガブリエルが先頭に立ち、カイトが彼に続く。薫子は二人の後について行く。誰もが、互いの存在に安心感を覚えているようだった。
「どの道を行っても、同じような景色が続くね……」とカイトがつぶやく。
「そうだね。まるで、私たちが同じ場所を堂々巡りしているかのようだ」とガブリエルが頷いた。
(どこまで歩いても出口は見えない…本当にここから脱出できるのかしら)
薫子の心に、不安が顔をのぞかせる。それでも、仲間と共にいる限り、希望を失うわけにはいかないのだ。
「ねえ、ちょっと見て!あの時計、おかしくない……?」
薫子が指差す先には、古びた柱時計が静かに佇んでいる。だが、よく見ると、その時計の針は通常とは逆の方向に進んでいるのだ。
「本当だ……おかしな光景だね」
カイトが眼鏡の奥の瞳を輝かせながら呟く。
彼の科学者としての好奇心が刺激されたようだ。
「時間の概念さえも、この迷宮では通用しないということか……」
ガブリエルが神妙な面持ちで呟く。彼の言葉には、哲学的な深みが感じられた。
「まさか。単に時計が逆に動いているだけのことさ」
カイトはそう言ったが、どこか不安げな色は隠せなかった。
薫子は時計を凝視しながら、自分の腕時計に目をやる。
しかし、そこに映し出された時刻は、柱時計のそれとは全く異なっていた。
そして腕時計の時間も過去に向かってその時を刻んでいた。
(一体どういうこと……? 私たちは、時間という概念さえ超越した世界に迷い込んでしまったの……?)
疑問が次々と湧き上がってくるが、その答えは闇の中だ。薫子は息を飲みながら、探索を続ける決意を新たにした。
やがて一行は、また別の不可解な空間に辿り着いた。そこは、まるで現実の物理法則が歪められたかのような、非日常的な光景が広がっていた。
「みんな、気をつけて……! ここ、何か変よ……!
「重力だ! 重力が、おかしくなってる!」
カイトの叫び声と共に、薫子の身体が宙に浮き上がる。
まるで無重力空間に放り出されたかのように、彼女の髪や衣服が舞い上がった。
「みんな落ち着いて! これも、この迷宮の仕掛けの一部に過ぎないんだ!」
ガブリエルが冷静に状況を分析する。
彼は瞑想でも行うかのように、神妙な面持ちで目を閉じている。
「これは、重力制御装置……? いや、もしかして超常現象……そんなばかな……」
カイトが頭を抱えながら、必死に考えを巡らせる。
彼の専門である物理学の理論では、この非現実的な状況を説明することはできない。
「通常、重力は質量を持つ物体の間に働く力だ。それが局所的に消失するなんて……」
カイトは、自分の知識の限界に苛立ちを隠せないようだ。
「でも、量子力学的には重力の遮蔽は理論上可能だと言われている。もしかしたら、この空間では……」
彼は、現代科学の最先端の理論に思いを馳せる。だが、その仮説を証明する手立ては、今の彼には何もない。
「カイト君、私たちは科学の力を超えた世界に迷い込んでしまったのかもしれない」
ガブリエルの言葉に、カイトは唇を噛んだ。
彼の理性は、目の前の非現実的な光景を認めたがらないのだ。
「いや、必ず説明がつくはずだ……!私は、あらゆる可能性を追求してみせる……!」
力なく呟くカイトを、薫子は気遣わしげに見つめる。
彼女には、カイトの葛藤が手に取るように分かった。
(カイト君は、科学者としてのプライドと、目の前の現実の間で、揺れ動いているんだわ……)
薫子は、そっとカイトの肩に手を置いた。
「私たちには、科学の力だけじゃなく、仲間を信じる心があるわ。一緒に真実を探しましょう」
薫子の言葉に、カイトは驚きの表情を浮かべる。
だが、次第に彼の瞳に熱い決意の炎が宿っていった。
「……そうだね。君たちがいれば、乗り越えられない壁はない。僕も、謙虚に学ぶ姿勢を忘れちゃいけなかったんだ」
三人は、固く手を握り合った。
この瞬間科学者としてのカイトの矜持は、仲間への信頼と融和したのだ。
「さあみんな、手を繋ごう! こういうときは、仲間との絆が頼りになる!」
ガブリエルの呼びかけに、カイトと薫子は頷く。
三人は手を携えて、奇妙な浮遊感に身を任せた。
不安と驚異が入り混じる中、薫子はかすかな確信を感じていた。
(私たちは、必ず真実にたどり着ける……!この仲間と一緒なら、不可能はないはず……!)
信頼できる仲間の存在が、薫子の心に勇気を灯す。彼女は、未知なる現象に立ち向かう力を、仲間から得ているのだ。
こうして彼らは、現実の常識が通用しないこの不思議な空間を、一歩一歩探索していく。
その先にどんな真実が待ち受けているのか、誰にも分からない。
だが、薫子には仲間との絆があった。
それは、どんな困難をも乗り越える、かけがえのない力となるはずだ。
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