バルド・ゴルディアという男
「これで全員そろいましたね」
場を整えたユノアが辺りを見回す。アニールとアルトは表情からして戸惑っていて、教皇ハタルアは努めて平静にしているが内心ではこれからの話の内容が何なのか不安に思っている。
「今回皆さんにお越しいただいたのは、バルド・ゴルディアという男について皆さんに知らせておきたかったからです」
その名前が出て、アニールが顔を上げる。バルド・ゴルディアは、アニールがメドゥーエク街解放戦で戦った右半身が黒い痣に覆われている男だ。ユノアはレイザに視線を移し、視線を受け取ったレイザが話し始める。
「我々光の里の光の民は、かつて三大国の戦争が混乱を極めた頃からこのソルドラス大陸中津々浦々に私のような選りすぐりの精鋭を送った。それは情報収集のためだ。前に一度遣わされた精鋭同士で情報交換したとき、この戦争を起こして混乱させた犯人が分かった」
レイザが舌舐めずりをして唾を飲み込み、ソルドラス大陸を終わらせた犯人の名を語る。
「ーーーそいつの名は、ダルダラ・ゴルディア。闇ギルド”デスピア・アヘッド”の長」
教皇ハタルアが手を握り、アニールが目を見開く。レイザが話を続ける。
「”デスピア・アヘッド”という闇ギルドは元々は国同士の”小競り合い”で片方の国の依頼によって暗躍する闇ギルドだったんだ。決して戦争向きじゃない、むしろトラブルを専門とした闇ギルドだったんだ。やった事は薬物、恫喝、情報操作、暗殺……などと悪辣だがな。だが、ある日ダルダラ・ゴルディアは野望を抱いてしまう。そして引き起こされたのが、ーーー”チャナク川辺町の虐殺”。大陸が滅んだ戦争の始まりだ」
レイザは水で口を清め、上を仰いで息を吸って吐く。大陸の悲劇的な過去を語るのは、誰にも荷が重かった。
「チャナク川辺町はフォルモ帝国の町で、エイジリア王国の従属国との国境沿いにあった町だ。エイジリア王国はこの町を欲しがり、”デスピア・アヘッド”に依頼を出した。ダルダラ・ゴルディアはこの依頼を受けてチャナク川辺町の領主に成り代わり、秘密裏にエイジリア王国軍を町に迎え入れた。そこまでは当時ならよくあることだったのだが、その先が問題だ。ダルダラ・ゴルディアは何を思ったかエイジリア王国に”チャナク川辺町周辺の土地を更に奪うから私をこの地に建てる新たな国の王として承認してほしい”と要求した。すべての国に通じる闇ギルドだ、エイジリア王国は流石にそれを是としなかった。ーーーすると、ダルダラ・ゴルディアは情報操作をしてチャナク川辺町にフォルモ帝国を呼び寄せたんだ。その場で熾烈な戦いが始まり、町の人々はもちろん両国の兵士からも多数の死者が出た。この時点ではエイジリア王国もフォルモ帝国も争いをやめる方向で努力していたが、暴走したダルダラ・ゴルディアはエイジリア王国の当時の王アルディス・エイジリアを唆し、一方でフォルモ帝国の野心あふれる若き将パルマを唆した。唆された者たちが争いを起こし、ダルダラ・ゴルディアはその混乱の中で国と権力の樹立を欲した。ダルダラ・ゴルディアの企みは混乱の中に失敗したが、エイジリア王国とフォルモ帝国は全面戦争に入らざるを得なくなった。ヴェール連合国はヴェールの地にまで戦火が飛び火してきて無辜の民が殺されたことを理由に戦争に参加せざるを得なくなった。ダルダラ・ゴルディアに関する記録は、”大陸暦1713年、ヴェール連合国が争いの種を始末すべくデスピア・アヘッドの本部アジトを襲撃。ダルダラ・ゴルディアの消息は不明”で終わっている」
語り終えたレイザは蒸留済みの水を口につける。アニールとアルトは確信がついたかのように目を大きくし、ハタルアもまた頷いている。
「ーーーレイザさんの言いたいことはわかりました。闇ギルド”デスピア・アヘッド”はまだ存続していて、”ゴルディア”を姓名に持つバルド・ゴルディア氏はダルダラ・ゴルディア氏の血縁であり闇ギルドの権力ある構成員であると言いたいのでしょう?」
ハタルアが彼女自身の予測を語る。レイザは静かに頷き、ゆっくりと口を開く。
「そうです、ハタルア聖下。尤も、”デスピア・アヘッド”及び”ダルダラ・ゴルディア”の消息は先程のとおりヴェール連合国に襲われてからは不明なので、今のは有力な仮説にすぎないことに留意してください」
アニールが手を挙げ、記憶を手繰りながら彼女なりの補足を紡ぐ。
「ルラルトという禁忌の呪術師、アマザとかいう光の民、キリガレとかいう隠密に長けた男、どれも有力な人物だ。その3人がバルド・ゴルディアに強い忠誠を誓っているようだった。最初は鼠衆会の中でもそこそこ高い地位に就いている人物だからだと思っていたが、闇ギルド”デスピア・アヘッド”由来の忠誠だと考えたほうが納得できる」
「そうだ。闇ギルド”デスピア・アヘッド”は出場を問わず人材豊富なギルドだったから光の民のハーフやはぐれ者、様々な宗教でタブーを犯して力を手に入れた者、などが所属していたそうだ。バルドが従えていた3人の特徴も、それを助長するかもな」
アニールの補足をレイザが更に補足する。
「……本日の私の結論を言おう。バルド・ゴルディアはダルダラ・ゴルディアの血縁の可能性があり、”デスピア・アヘッド”は今なお存続している可能性がある。鼠衆会との関係は不明だし、そもそも今なんの活動をしているかも不明だが、警戒しておいて損はないと思ってな」
レイザの話が終わり、彼女は出席者の顔を見回す。誰も発言する気がない。そう読み取って場のお開きをレイザが宣言しようとした時、突然アニールが口を開いた。
「ーーーなら滅ぼそう」
その場の全員が、アニールの口から零れ出た言葉に恐怖を感じて、その顔を覗き込む。
「ーーー大陸の文明を滅ぼした凶因を。それを引き継ぐ者を。全ての企みを潰し、たとえ北の氷に閉ざされた陸に逃げようとも追いかけて捕まえ、秩序の太陽の下にその首を刃で絶とう」
陽の光の少ない部屋の中アニールの顔を覆う影から、絢爛と輝く瞳が現れる。怒りの発露によって火傷部分から魔力の炎が立ち昇る。
「ーーーここに宣言する。我がトカレスカ騎士団は、”デスピア・アヘッド”とそれに連なる者全てを否定する!!!」
火傷の左半身を炎に包まれながらアニールが高らかに宣言する。その場の人々は教皇ハタルアを除いた全員がアニールに恐れをなして後ずさってしまっている。教皇ハタルアが杖の先端で部屋を光で満たし、ゆったりと歩いてアニールに近付く。
「ーーー落ち着きください、アニール団長様。思いは我がメルカ教団も同じです。メルカの神が人々に託した地上を破壊し尽くし、人口にして約一億の命を奪った”デスピア・アヘッド”は滅ぶべき神の敵でもあります。メルカ教団も”デスピア・アヘッド”の壊滅に全力を尽くしましょう」
柔らかな表情で過激な言葉を話す教皇ハタルアは後光に満ちている。余りにも強い後光に満ちている。激しい怒りの感情を、表情ではなく光で表している。
「ーーーはいはい! ハタルア教皇聖下、並びにトカレスカ騎士団団長アニール様、言葉はしかと受け取りました。ついては、夕飯もありますしこの場はお開きにしましょう。ハタルア教皇聖下、私が独断でこの場の判断を下すことお許しくださいませ」
パンパン、とユノアが手を鳴らして強制的に注目を集める。流石に正気に戻ったかアニールは魔力の炎を引っ込ませ、教皇ハタルアは光を弱める。
「ーーー済まない。この場はお開きだな。話し合いはまた何れかの時に」
「ええ。アニール団長様、再び訪れるいつかの時を楽しみにしてまいります」
怒る二人が感情を抑え、その話し合いは終わった。
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