メドゥーエク街攻略戦:長き宿命の始まり

「ん、ここだな」


 アニール達がメドゥーエク街を囲う防壁の東門にやって来て、建物の中に隠れながら様子を見る。防壁は既に所々が朽ち、防壁の回廊もトレビュシェットの投石で壊れているところがある。東門の防壁の内側の通りには、防壁の壊れた破片と投石で四散した野盗の死体が散らばっている。


 ドゴオオォォォン!!


 トレビュシェットの投石で防壁が揺れて塵を噴き出す。その防壁の中から3人の人間が姿を現す。


「あれは……ーーーまさか?」


 アニールとイヴイレス、エルベンの三人が目を大きく見開く。ーーー防壁の中から出てきたのが、大陸ではあまり見ない人たちだったからだ。ひとりはルダーム・シェルトの禁術を操る呪術師の女。ひとりは魔力を行使したか髪が虹色に光る光の民の男。ーーー最後のひとりは、右半身が黒い痣に覆われている若い男。


「……どうやら、街の中に鼠が紛れ込んでいるようだな」


 右半身の黒い男が、建物の中に隠れているアニール達の居場所を瞬時に指差す。


「なんでわかる?!」


 アニール達が驚いて立ち上がる束の間に、光の民の男が手に魔力を集めて雷を握る。


「やれ、アマザ」


 右半身の黒い男が命じ、雷がアニール達めがけて放たれる。建物全体に雷が走り、燃え上がる。だが、アニール達は魔法で身を守りながら無傷で建物の外に出る。


「ーーー! はあっ、はあっ! いきなりとんだご挨拶だな!」


 息を荒げてアニールが叫ぶ。日の下に出たアニールの姿に流石に右半身の黒い男が目を丸くし、嗤う。


「はっはっはっ! お前も身体の半分が黒いんだな、女の剣士!」

「何がおかしい。お前たちの敗北はもう決定してるんだ、諦めて降伏しろ!」


 怒鳴るアニールに、嗤う右半身の黒い男。ふと、右半身の黒い男はアニール達の容姿を見て頭をかしげる。


「……メルカの手の者ではないな。お前は誰だ?」

「オードル・フラガラハの弟子にしてトカレスカ騎士団の団長アニール・トカレスカ。ティール港町を守護し、ゆくゆくは大陸全体に秩序を齎す者だ。冥土の土産に覚えておけ」


 秩序、と右半身の黒い男が呟いて真顔になる。


「秩序、秩序か……。それでは、お前は完全に俺の敵だな。俺の名をここで憶えろ。俺はバルド・ゴルディア。いつの日かフギニの預言を果たして大陸に混沌を齎す覇王になる者だ」


 バルド・ゴルディアの余りにも大袈裟な名乗りに、今度はアニールが、ぷっ、と吹き出す。


「混沌を齎す覇王? フギニの預言? 戯言はそこまでにして、おとなしく我が剣を受け入れろ」

「大陸に秩序を齎す者? オードルの弟子? 英雄の弟子が英雄になれるなどと思い上がったか! どうやらお前という小娘は現実が見えていないようだな!」


 アニールとバルドがお互いに剣を抜く。イヴイレスは呪術師ルラルト、エルベンは光の民の男アマザとそれぞれ相対する。


「お前の顔の紋様、ルダーム・シェルトの禁術を描いた物か。我らルダーム・シェルトを信ずる者の禁忌を犯す者には未来など要らないな」

「はっ。すぐ其処に力があるのに手に入れない馬鹿がいるか? そこかしこに在るスピリットと貴様ら人々の魂を弄ぶ楽しみが分からないのは難儀だな」


 イヴイレスは剣を、呪術師ルラルトは杖を構える。


「あまり魔法が得意そうには見えないな、茶髪のお前。すぐにでも緑髪の男か半身火傷の女に代わってもらったほうが良いんじゃないのか」

「はっ、舐めんな。こちとら魔法も武術もオードル師匠と母レイアスに鍛えられてんだ。俺が本当に馬鹿かどうかは腕っぷしを試してからにするんだな!」


 エルベンがルツェルンハンマーを取り出し、光の民アマザは髪を虹色に光らせて両手に雷光を溜める。


「「ーーーお前はここで滅べ!!」」


 アニールとバルドの声が重なり、剣が交わされる。

 ガキィン、ガィン、カキィン。剣と剣が激しくぶつかり合うこと30合目、アニールが左腕に魔力の炎を纏わせてバルドに向ける。


「喰らえ、紅蓮腕炎!!」


 ドオオオォォォン!! バルドは腕を向けられた時点で横に避けて無事だったが、先程までバルドが立っていた場所には焦げた黒い煙が立ち上っている。


「甘いなアニール! 隙だらけだぞ!」


 バルドがいつの間にか左手に握っていた3本の短剣をアニール目掛けて同時に投げる。だがアニールが燃えたままの腕のガントレットで3本の短剣を叩き落とす。


「誰が隙だらけだと? そっちこそオモチャに頼らないで真正面から来たらどうだ」

「そうかい、お望み通りにしてやるよ!」


 バルドの黒い右手が突き出され、掌に魔力の黒い球が浮かび上がる。バルドはそれを掴んでアニール目掛けて投げる。


「! ーーーやばい!」


 瞬時に判断したアニールは受けの択を捨てて全力で横に避ける。直後、ボゴオォン!と音を立ててが黒い球が突然膨張して消滅した。跡に残ったのは、膨張した黒い球に抉られた地面だった。


「厄介な術だなバルド! 今度はこれでどうだ!」


 避けた後すぐに走り出したアニールがバルドに肉薄し、魔法の冷気を纏った剣で脇腹を狙う。バルドが咄嗟に剣で防ぐも、剣が交わされた所から冷気が徐々に広がり、バルドの剣を持つ手まで凍り始める。


「やるなアニール! だが我の魔法は奪い壊す魔法! 冷気など奪ってみせる!」


 バルドの凍った手が黒い靄に包まれ、元通りになる。バルドが後ろに跳んで距離を取ると、彼の左手にアニールから奪った冷気の氷の球が出来上がっている。


「ほら、冷気を返してやるよ!」


 氷の球がアニールに飛び、爆ぜてアニールをその場の空間丸ごと凍りつかせた。だが、アニールを閉じ込めた氷に湯気が立ち昇り、溶けて彼女が中から炎を纏って歩き出す。


「残念。こんな身体なんでね、体温が乱れやすいのさ。おかげで昔から魔法で体温の調整なんてお手の物なんだ」


 ジュウウッ、と湯気が放出されてアニールを包む炎が消える。彼女が再び剣を構え、走り出そうとしたその時ーーー。


「ぐあっ! あ”あ”あ”あ”あ”……!」


 ガラン、と音を立てて剣が石畳の上に落ちる。悲鳴を上げながら倒れたのはイヴイレス。


「ふん、魂を操る術に耐えたのは流石にルダーム・シェルトの術を学んだ者だけあるようだが、まだまだスピリットが見える領域に辿り着いていないようでは話にならん」


 イヴイレスと戦っていた呪術師ルラルトの杖が紫色に妖しく光り、イヴイレスの絶叫が一層大きくなる。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”! こ、こんな……!」

「い、イヴイレスーーーっ!」


 バルドから目を逸らし、イヴイレスを助けようと駆けつけるアニール。その隙を逃すバルドではなかった。


「おっと、そんな体勢で大丈夫か? 短剣が飛ぶぜ!」


 またもや3本の短剣をバルドが投げる。イヴイレスに気が逸れたアニールは避ける体勢を作れず、無理に身を捩るも脇腹に1本の短剣を喰らってしまう。


「ぐっ! なんて狡猾な……」

「お前が油断するのが悪いだろ。ほら、茶髪のお仲間さんもやられそうだ」


 つられてアニールがエルベンの方を見ると、アニール同様に気が逸れたエルベンが劣勢に立たされている。雷を沢山受けたか、エルベンの身体から焦げ臭い匂いがする。


「くそっ、くそおーーーー!」

「そんなに痙攣した腕でルツェルンハンマーを俺に当てられると思うなよ。いやはや、俺の魔法を発動させまいとルツェルンハンマーで牽制した君の腕は見事だったがそれも終わりだ……!」


 弱々しいルツェルンハンマーさばきをアマザが楽々に避け、エルベンの顔面に蹴りを見舞う。エルベンは地面に倒れ、鼻血を垂々と流してしまう。


「つまらないな、ここでお前たちは終わるのか」


 バルドとルラルト、アマザが横に並んでバルドが吐き捨てる。対するアニール達は石畳の上によろめき

或いは倒れている。バルドの眼差しは、せっかく手に取ったおもちゃが大したことなかったような失望の目そのものだった。


「ま、まだ……!」


 脇腹から血を噴き出しながらアニールがよろよろと立ち上がる。だがそんなアニールにバルドが魔法の黒い球を仕掛けようとする。


「ここまでだ。逃げる時間がなくなる。さっさと死ね」


 バルドの手から放たれた黒い球がアニールに近づき、彼女の目の前まで迫るーーー。


 次の瞬間、アニールの横から手が伸びて黒い球を”握り潰した”。アニールが手のあるじを辿ると、虹色の髪をしたレイザがすぐ横まで駆けつけて来てくれていた。


「!! 地面から太い腕が! 洞魔族か?!」


 呪術師ルラルトの足元に突然穴が空いて黒く太い腕が伸び、ルラルトの脚を掴もうとする。すんでの所で呪術師ルラルトが腕を避けるが、腕は穴に引っ込んで新しい穴を作り再びルラルトの脚を掴もうとする。


「かはあっ、ハーッ! で、デボか?!」


 呪術師ルラルトの術から解放されたイヴイレスが助太刀に来てくれた太い腕の正体の名を叫ぶ。穴から這い出たその者はまさしくデボであった。


「ん? おいおい、ガキが仲間を助けに来たか」


 光の民アマザの目の前にウインダムス・ウィンガーディアンが槍を構えて立ちはだかる。ウインダムスに庇われる格好になったエルベンは少しだけ笑い、彼に声を掛ける。


「ウインダムス、あいつの手を狙え! 手を動かしてる間はそいつ魔法が覚束ないぞ!」


 エルベンの言葉を聞いてすぐウインダムスが槍を突く。正確無比にアマザの手を狙った槍がアマザの避ける身体を掠める。一閃、二閃、三閃。淀みのない槍がアマザにを襲い、アマザはただ避けることだけでいっぱいいっぱいになってしまう。


「ちっ、ここまでか。ルラルト、アマザ! 引け!」

「……仕方ありませんね。せっかく殺しができると思ったのですが」

「くそが。……元から撤退するつもりだったからまあいいか」


 バルドが二人を下がらせ、防壁の中の通路へと近付く。バルドが地面に座り込むアニール・トカレスカを見下ろして、舌打ちをする。


「おい、アニール・トカレスカと言ったな。 次に巡り会うことがあれば、その時こそお前が死ぬ時だ」


 バルドの言葉に、ハ、とアニールが笑い捨てて言い返す。


「何を言っている? 何度でもお前と戦ってやる、何度でもお前を負かしてやる、お前を処刑台に送る日まで」


 二人の間に妙な緊張感が走る。或いは、それは何度でも巡り合うライバルになる予感だったかもしれない。


「キリガレ! 逃げるぞ!」


 バルドが防壁の何も無い壁に声を掛けると、壁の中からにゅうっと執事風の男が現れる。


「畏まりました、おぼっちゃま。ーーーそれ!」


 突然、バルドたちが煙に包まれて見えなくなる。アニール達が煙を払ってみると、バルド達は既に消えていた。


「……逃げられたか。イヴイレス、今の体調はどうだ?」


 まだ血の出る脇腹を片手で押さえながらアニールが問う。


「気分は最悪だ。魂が歪んでいる気がする。背筋が寒くなってどうにもかなわん。アニール、後でルダームの呪術をかけてくれ。禁術じゃないやつをな」


 そう言うイヴイレスの足元には、既に嘔吐した跡がある。エルベンが立ち上がってイヴイレスに肩を出す。レイザがアニールの肩に手を当てて、報告を始める。


「アニール、我々も50人規模の野盗の群れを混乱させて無力化しました。野盗どもは同士討ちで深く傷つき、まともに動ける者は数人しかいません」

「そうか。レイザ、ご苦労だったな。私たちもレイザ達と同じようにしてから東門にやってきた。……バルド達は恐らく街の外に出た。もう街に敵はいない。避難させた街の人々とメルカ教団の軍団を街の中に入れよう」


 かくして、トカレスカ騎士団とメルカ教団の連合軍は緒戦を勝利に納めた。

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