メドゥーエク街攻略戦:途中経過
メドゥーエク街にて、右半身の黒い男が野盗どもを集め、彼らの前に立つ。彼の両隣には呪術師の女と銀髪の男が立っている。
ドゴオオォォォン!!!
彼らのすぐ近くで防壁が揺れて轟音が響き、鼓膜を傷つける。ーーートレビュシェットから放たれた大岩が防壁に衝突した音である。
「諸君、この戦は敗北だ。我々がメルカ教団に対して対抗できる手段がない。向こうには教皇が来ていることも確認したが、無理に攻めて教皇の首を取ってもメドゥーエク街を取られてしまえば意味はない」
メルカの教皇、という言葉を聞いた野盗たちがそれぞれ口々に教皇の討伐を口うるさく訴える。彼らは皆名誉と報酬欲しさにメルカの教皇の首を取りたがっているのである。
「静まれ、静まれ! 絶対にメルカ教皇の首を取るのは無理だ。だから、今お前たちに命ずる。この街を壊せ」
メドゥーエク街を壊せ。この指令に野盗たちが戸惑う。彼らはメドゥーエク街にすっかり定着していて、彼らの街と言っても差し支えなかった。それに、メドゥーエク街を壊してしまえば野盗たちは本部に何か罰を受けなくてはならないのだ。
「大丈夫だ、お前たちの名誉は俺が守る。街の人々を殺して街を踏み荒らし、火をつけて我々は北にある鼠衆会本部へと赴くのだ。いかなメルカ教団とて北に移動する100人の軍団に突撃できるだけの度量も技術もない」
右半身の黒い男がそこまで説得してやっと野盗全員が押し黙る。
「メドゥーエク街の元の住民には今まで労力としてお世話になったが、メルカの手に落ちて敵の力になってしまう位ならならもう不要だ。建物に隠れし民衆を虐殺しろ。 火をつけて燃やし殺せ。手に持てるだけの食料を奪え。さあ行け」
「「「「おおおおお!!!」」」」
右半身の黒い男の号令に野盗どもが雄叫びを上げ、それぞれの得物を持って町のあちこちへと走り出す。
一方、トカレスカ騎士団はというと地中でデボが穴を掘り、他の者が後に続いている。
「流石早いな、洞魔族の穴掘りは。歩くのと変わらないスピードだ」
アニールが感心している間もデボが自慢の太い漆黒の腕を土の中に入れて掻き出す。だが、その剛腕が止まる。
「……石の壁だ! どこかの建物の地下室であろう。アルト殿、攻壁槌を準備してくれまいか」
「ああ、イヴイレスとエルベン、ウインダムスも手伝え」
壁を壊すための人力の槌をデボ、アルト、エルベン、イヴイレス、ウインダムスの5人が構える。
「「「「「やーーーーっ!」」」」」
反動をつけて壁に打ちつける。壁が薄かったのか、あっという間にボロボロに崩れて人ひとりが通れる程の穴が空いた。
「き、いやああああああーーーーーーっっっ!!!」
直後、壁の穴の向こうから悲鳴が響き渡る。エルベンが穴の向こう側を覗き込むと、武装していない一般人が沢山佇んでいる。
「う、鼠衆会?! なんで階段を使わず穴を開けてやってくる?!」
「もうだめだ! 皆殺しにされる!」
「それかメルカ教団の軍団の前に弾除けにされる!」
壁の向こう側がすっかりパニックになってしまう。ため息をついたアニールは穴を通って部屋に入り、赤いバンダナを外す。
「皆、驚かせてしまって済まない。我々は野盗じゃないんだ。鼠衆会じゃないんだ。我々はトカレスカ騎士団。今この街を救けに来ているメルカ教団の味方であり、貴方がたの味方だ!」
その言葉を信じてか、徐々にパニックが収まる。その人々の中から顔のこけた女性が立ち上がる。
「私はアルマト。この人たちのまとめ役のようなものよ。貴方がたの目的は何?」
「メドゥーエク街の鼠衆会からの解放。もちろん、住民の生存が前提だ」
アニールが淀みなく答えきり、アルマトは少々目を大きくした。
「では、私たちは助けられるのね……?」
「ああ。トカレスカ騎士団が約束する。みんな助ける。みんな護る」
そう言ってアニールは顔のこけた女アルマトを抱きしめる。驚いたアルマトはしばらく抱きつかれたままになり、後でアニールの抱擁からやんわりと離れる。
「……いいでしょう。とりあえず今は貴方がたのことを信じます。鼠衆会の支配にこりごりとしていたところでした」
一息ついてアニールが作戦を話し始める。
「今回の戦、攻城兵器を持っているメルカ教団がとても有利です。それだけに、野盗の側も今回の戦ではメルカ教団の勝利は固いと予想する人がいてもおかしくはない。……負けて街を取られる位ならこの街を壊そう、と考えていたっておかしくはないんです」
メドゥーエク街の町人たちが騒然とするが、アルマトが手を挙げて制する。
「だから、私たちは奇襲で混乱を起こしつつ貴方がたを安全に逃がしたい。避難している町人はここので全員?」
「いいえ。ここはルダーム・シェルトの大神社ですが、ここに逃げ込んでいるのは街の人口の半分、330人程です。残りの人は2つの避難所に逃げ込んでいるはずです」
「分かった。では申し訳ないが街の地理に詳しい者を数人か貸してくれないか。奇襲と避難誘導を同時に行い、街の人々を一旦外に逃がしたい」
話はそこで纏り、トカレスカ騎士団は奇襲組と避難誘導組に分かれることになった。避難誘導組はアルトとユーア、新入り4人が入り、その他が奇襲組に入る。奇襲組はアニールとエルベンとイヴイレスが組み、ウインダムスとレイザとデボが組んで2組に分かれる形になる。
トカレスカ騎士団の皆が階段を上り、地上に出る。そこには、石造りの立派な街の大通りの景色が広がっている。
「戦争の前の街並みがここまで残っているとは、街の住民はどれだけ努力したんだろうな」
感傷に浸りそうになるエルベンをイヴイレスが頭ひっぱたく。
「馬鹿、そういうのは戦いが終わってからだ。今はとにかく、この戦いを終わらせるぞ」
アニールが全員の前に立って、剣を掲げる。
「ーーー東にはメルカ教団の軍。街の内側に我らあり。一先ず、この街に平和を齎そう。これより作戦開始だ」
時は少し経って、50人ほどの野盗が町人の避難所目掛けて走るところから場面は始まる。
小太りの男が汗を拭い、隣の男に悪態をつく。
「まったく、町人どもは戦になった途端逃げやがって。おかげで、広い街を長い距離走る羽目になったぜ」
「全くだな。あいつらは作業の時もいつもトロトロ、ゆっくり動きやがるしでムカつくんだよな。町人皆殺しの命令を聞いた時は、なんてことをするんだ、と思ったがよく考えたら非協力的な町人には皆殺しが相応しいな」
そう話し合いながら曲がり角を曲がる。その時一瞬、黒い影が野盗どもの懐に飛び込んだ。野盗どもはそのまま走り続けている。
「あれ、今なんか見なかったか? 人みたいな影が……」
「いや、見回してみても赤いバンダナを巻いた仲間しかいねえぞ。見間違いじゃね?」
小太りの男が首を傾げるが、隣の男は気に介さない。小太りの男は今一度周りを見回し、再び首を傾げる。
「なんか、俺たち少し増えてないか……ぐぁ?」
小太りの男が新たな疑問を口にしたとき、そのお腹から剣の切っ先が飛び出る。小太りの男に剣を刺した犯人の顔を隣の男が見ようとしたとき、その犯人ーーー赤いバンダナを頭に巻いた、顔のよく見えない人間ーーーが、他の野盗を斬りつけていた。
「てめえ、誰だああああ!!!」
隣の男が犯人目掛けて剣を振ろうとするが、その犯人は野盗の人混みに紛れる。
「ぐあっ! ぐはぁ!」
「いでええぇ!」
「血、血が出た! 血だ!」
混乱した野盗の群れの中で血が舞う。だが、それはすぐに収まった。どうやら10人程が軽傷にしろ重傷にしろ斬られたらしい。
「……クソ〜〜〜! おい、おめえは俺の後ろを走ってたよな?! おめえが犯人だ!」
斬られた人のひとりがそう叫び、彼の仲間に斬りかかる。犯人扱いされた野盗が咄嗟に剣で防ぎ、言葉を返す。
「俺を犯人扱いするな! あんただって、あんたの前を走ってた仲間が斬られてるじゃねえか! その軽い傷は自分でつけたんだろ!あんたが犯人だ!」
騒ぎは火に油をかけたように大きくなり、50人程の野盗の集まりはお互いがお互いを斬り合う同士討ちの現場になった。当初は10人だけだった負傷者も、今では殆どの人が死に、或いは深手を負う羽目になった。
「やれやれ、あいつらに仲間意識はないのかな」
遠目でその様を見ていたアニールが呟く。そのアニールの手に握られた剣には、血が滴っている。
「仲間意識も統率もないから鼠衆会は野盗止まりなのだろう」
「レイザの話やメルカ教団の話でも、我欲しか考えずに数多の町や村を潰してたそうだったよな」
イヴイレスが冷静に吐き捨て、エルベンが今まで聞いた話を引用する。その二人の手に持つ剣にも、やはり血が滴っている。三人が頭に巻いた赤いバンダナを脱ぎ捨て、本来の装備に整える。
「さて、余裕が生まれたことだし私はこれから野盗の指揮官を少し見に東門に行こうと思う。二人はどうだ?」
「良いだろう」とイヴイレスが頷く。
「おお、行こう」とエルベンが歩き出す。
「では、向かおう」とアニールが先頭を行く。
アニールはまだ知らない。これからの長きに渡る戦いで何度も秩序の理想を退けし混沌の申し子がすぐ其処にいることを。そして、右半身の黒い男も、すぐ近くに彼の混沌たる覇道を何度も阻む秩序の権化がすぐ近づいていることを知らない。
運命のファーストコンタクトが、いま始まる。
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