メドゥーエク街攻略戦:開始

 メドゥーエク街。やや朽ちてはいるがまだまだ堅牢な防壁に囲まれた街。防壁の外側に田畑が広がり、川が街の中を通っている。内部では、約600人の人口が約100人の野盗に支配されている。


「この病人だけは勘弁してください……!」

「駄目だ、俺たちの分の薬が無くなるだろう!」


 メドゥーエク街にて黒髪の頰のこけた女が他の人と共に病人を運んでいたところへ野盗が道を塞いで病人に刃を向ける。


「ルダーム・シェルトの救命の教えだか何だか知らねえが、俺たち”鼠衆会”に役立たねえ手足まといは死んでもらうさ!」


 野盗が剣を病人に振り下ろそうとしたその時、大きな鐘の音がなった。


カーーーーーーーン、カーーーーーーーン……。


 その音を聞いた黒髪の女に日光が差し、野盗の男の顔に陰りが現れる。


「鐘の音だと?! 敵襲なんてあるはずもねえ……。頭が呼んでやがるのか」


 野盗は剣を納めて振り返り、唾を吐く。


「次はないぞ」


 そう言い捨てて野盗が去る。黒髪の頰のこけた女はホッと一息をついて、他の人に顔を向ける。


「この病人の処置が終わったら、何が起きてるか探ってくれる?」




 メドゥーエク街の貴族の屋敷だった建物に野盗たちが集まる。


「侵略か?! どうなんだ?!」

「鐘の音は何なんだ、メドゥーエク支配長!」


 ならず者たちの声がごちゃ混ぜになって場が騒がしくなる。ーーーと、そこへ初老の男性ナイエンスが屋敷の奥から現れる。右半身の殆どが生れ付きの黒い痣に覆われた男を伴って。


「全員、静まれ」


 右半身の黒い男がそう声を掛けると、場の野盗どもが静まり返る。


「俺の声はこのメドゥーエク支配長ナイエンスの言葉だと思え」


 右半身の黒い男はそう言うと唾を飲み込んでためを作り、その先の言葉を繋ぐ。


「ここより東に100人規模の軍団の出現を確認した。旗を見るに、メルカ教団の軍団だ」


 軍団の出現。その言葉に、野盗たち全員が愕然した。軍団。久しく聞かなかった言葉。かつての戦争で殆どが消えたはずの武力集団。


「わかったなら、全員配置につけ! 追って指示を出す!」


 即座に野盗どもが走り出し、それぞれの位置につく。その場に残った右半身の黒い男は隣のメドゥーエク街支配長ナイエンスの耄碌した瞳を見る。


「さて、そろそろ俺も動くべきかな……」





 場面は変わって、メドゥーエク街の西にある鬱蒼とした森。エルベンとデボ以外のトカレスカ騎士団はそこに身を隠している。左半身が火傷で黒く変色しているアニールが全員の前で改めて作戦を説明している。


「まずメルカ教団が東からトレビュシェットや牽引式バリスタで防壁を崩す攻撃を仕掛ける。メドゥーエク街には見たところバリスタなどの防衛兵器は老朽化して使えないみたいだから、鼠衆会のやつらはいずれメドゥーエク街の防壁を出てメルカ教団の軍団を狙いに行かなきゃならなくなる。その隙を狙って私たちが突撃する。……その為にデボにはいま突入用の穴を掘って貰っているし、エルベンには偵察に行ってもらっている」


 アニールがトカレスカ騎士団の皆を見渡す。その中には、新しく加わった者もいる。


「……ギルデオ、ゴルアス、アストム、ラーリンの4人は戦闘経験も浅いから基本的に弓で援護、常に誰か団員の後ろにくっついてね。頼むよ」


「「「「はい!」」」」


 草木を掻き分けてエルベンがその場に戻る。今まで偵察に行っていたのだ。


「メルカ教団が動いたぜ。……だが、教皇まで来てるとは聞いてなかったぜ、アニール」

「……え? メルカ教団の旗を掲げるだけで充分なのに? わざわざ危険を冒してまで来なくてもいいのに……」


 予定にない教皇の参戦を聞いて、アニールがぽかんと口を開ける。そこへ、またもや来訪者が現れる。メルカ教団の腕章をつけた隠密だ。


「教皇聖下からの連絡です。”教皇たる私が戦場に出れば、神敵たる野盗は少なからず必ず惑う。敵が我がメルカの神の威光を前に凶欲を駆り立てて防壁を出ている間に作戦の遂行をお願いする”」


「要は教皇というデカい餌で敵を確実に釣るようにしたいから教皇聖下が出る、か。まったく、ハタルア教皇聖下らしい。ありがとう、戻っていいよ」


「いや、もう一つ。”敵が自棄を起こして虐殺を起こす可能性も危惧せよ”とのことです」

「……!」


 その言葉に反応したのはアルト・ネレスト。メルカ教団の隠密はそのまま姿を消す。アニールは怪訝な表情になってアルトの表情を見る。


「アルトさん、何か心当たりが?」

「いや、今回の戦は冷静に考えればメルカ教団側が圧倒的有利になる。長射程、高威力を以て一方的な攻撃ができるトレビュシェットはそれだけ強力な兵器だ。有効な遠距離攻撃ができない鼠衆会は防壁の外に出てメルカ教団を攻撃するしかないが、それだってメルカ教団の側で工作をしているだろう。となればメドゥーエク街の放棄だってありうる。……そうなれば、住民の虐殺が起こる」


 虐殺、の言葉がアニールの耳を通ったときアニールの剣が一層震える。


「……我らが提案した作戦は失敗、と言いたいのか?」

「今になるまでその可能性に気付けなかった俺が悪い。だが手が無いわけではない。鼠衆会の戦闘員の装備はバラバラな革鎧に赤バンダナだ。そして、恐らくは訓練が行き届かず、統率はあまり取れない。なら、奴さんらと同じ衣装で敵の中心にいきなり現れて混乱を起こそう」

「……そうか! 奇襲にはなるが、それで戦力を削り取って早期にメルカ教団軍の突入を目指すのだな!」


 アニールが手を打つ。


「みんな、済まないが作戦変更だ! デボに急ぎ穴を掘らせ、敵の装備を身につけて突入の準備をしろ!」


「「「おおおっ!」」」


 敵に聞こえぬよう、しかし可能な限りの声量でトカレスカ騎士団が叫ぶ。






 場面は戻って、メドゥーエク街の防壁回廊。野盗どもはトカレスカ騎士団の存在に気づかないまま、メルカ教団の軍団を見つめている。そこへ、右半身の黒い男がやって来る。


「……やはりトレビュシェットを組み立て始めている。牽引式バリスタも設置して、本格的に攻城をするつもりだな。となれば、地中に穴を掘られることも警戒せねばならぬか。弓の届かない距離にトレビュシェットを設置されるとなれば、素直にこちらの防衛力の脆弱さを認めるしかあるまいか」


 右半身の黒い男がそこまでボヤくと背後の壁を振り向き、声を掛ける。


「お呼びですか、坊ちゃま?」


 壁の隠し穴から突然陰気な男が現れ、周囲にいた野盗たち驚いて腰が砕ける。


「作戦を練り直したい。ルラルトとアマザを呼んできてくれ」

「へいへい」


 陰気な男は右半身の黒い男の言葉に相槌を打つとまたもや壁の中に消える。右半身の黒い男は防壁の回廊を回りながら誰にも聞こえないように呟く。


「……鼠衆会の本部どもはけっきょく技師を寄越さなかった。お陰で防壁設備を直せず敗北の定めに入るわけだ。まあいい、なら本部に取り入って切り崩せば良い」


 右半身の黒い男は妖しく嗤う。そこへ呪術師の出で立ちをした緑髪の女と銀色の髪を湛える筋肉隆々の男がやって来る。


「来たか、ルラルトとアマザ。我がしもべよ、野盗どもをこの防壁の下に集めよ」


「「ははっ!!」」


 ルラルトとアマザが野盗を集めに外へ出ていく。ひとり防壁の回廊を降りるはまたもや妖しく笑う。そして、意味深な言葉を吐く。


「……我が覇道、妨げるは誰か。我こそフギニの預言の体現者なり……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る