教皇と騎士団団長
白い日光が窓を透けて部屋に差し込み、ただ白い空間の中を黄色いカーペットが一直線に敷かれている。他には何もなくただ美しい空間の中の黄色いカーペットの終着地点に、教皇ハタルア・トゥメルカが立っている。顔は薄く白い布に覆われて見えない。教皇ハタルアの御姿に見えるや直ぐにユノア含む聖職者達がひれ伏し、片膝を床について反対側の拳を胸に当てる仕草を取る。アニール達も見様見真似で倣い、同じ仕草を取る。
「いかにも、私はトカレスカ騎士団団長アニール・トカレスカ。メドゥーエク街に蔓延る野盗の掃討作戦について話合いの儀があって参りました」
「アニール団長どの、顔を見せて」
空気の中を透き通るような声が通る。教皇ハタルアの声を聞いただけで、透き通った冷たい水で顔を洗ったような清涼感が身体を透き通る。思わずアニールは顔を上げ、教皇ハタルアの顔があるところを見る。ーーーすると、教皇ハタルアもまた薄布をたくし上げて、片目でアニールの顔を覗き込む。
(なんて可憐な顔なんだ)
ハタルアの素顔を垣間見たアニールは、唐突にそんな感想を抱いた。アニールと3つ4つ位は違う年齢で、桃色の髪の年頃の娘が見せるような可愛い笑顔がアニールを覗き込んでいたのだ。
「! なりません、教皇が気容易く顔を見せるなど!」
枢機卿ユノアが叫び、礼の構えを解いて教皇ハタルアのそばに駆け寄る。しかし教皇ハタルアはユノアに布を下ろされるより素早く自ら布を下ろす。
「アニール殿は今後、友邦として手を取り合うことになる者であろう。ならばこちらもよく顔を覚えておかねばならぬと思ってのう。ユノア、心配はいらぬ」
「は、はあ、分かっておいでならいいのですがくれぐれも振る舞いには気をつけてくださいよ。浮かれちゃ駄目ですよ」
さっきまでのアニール達に対する尊大な態度から一転、ユノアは不出来な子を注意する保護者のような顔を見せる。対するハタルアは、薄い布の奥で悪戯っ子のように笑う。アニールの背後でイヴイレスが思わず吹き出し、笑いで背筋を震わせる。
「……オッホン!」
ユノアの咳込みで場が一旦静まる。ユノアは蛇のような細目が大きく開いてイヴイレスを睨みつけ、教皇ハタルアに圧の強い視線で注意する。
「トカレスカ騎士団団長アニール・トカレスカ、ここまでの長旅はご苦労であった。これより我が教団との話合いの儀に臨み、今晩は此処でゆるりと休まれよ。皆のもの、今後の友邦となるトカレスカ騎士団に神より祝福を賜るよう祈りを捧げよ!」
儀礼モードに入ったらしい教皇ハタルアが手と手を組み合わせて祈りの姿勢に入る。アニール達が辺りを見回すと、メルカ教の聖職者達も同様の姿勢に入っている。私たちも同じようにせねば、とアニールが思っているとユノアがそれを止める。
「来客を祝福するための祈りです。どうか楽に」
ユノアはそれだけ言うとやはり聖職者達と同じように祈りに入る。辺りは厳かな雰囲気に包まれる。瞑目する聖職者達の列が、壇上にて祈る教皇ハタルアの布多き服装が、殺風景な壁の白さでさえも、その場にある全てがアニール達を静かに威圧する。アニールは教皇ハタルアの唱える祝詞を耳で楽しみつつ、得も言われぬ居心地の悪さに腹を下したような不快感を覚える。やがて祝詞を唱え終えた教皇ハタルアが面を上げ、周りの聖職者達も立ち上がる。
「教皇様、お顔合わせはこれにて終了です。私たちはこれからトカレスカ騎士団と話合いの儀に入り、その成果を後ほど報告いたします」
「ユノア・カミレス、そのことだが私もメドゥーエク街攻略についての話合いの儀に入ろう。メルカ教団の将来を左右する重大事故、神の思し召しの下に判断したい」
ユノアは不満げに顔をしかめつつも、努めて平静を装う。
「……分かりました。では、行きましょう」
ユノアが謁見室に入る前とは打って変わって無口になり、早足でアニール達と教皇ハタルアを先導する。アニール達の歩く前には教皇ハタルアがユノアの背後をついて行っており、その周囲を聖職者達と革鎧を着た白髪の若い男ひとりが囲んでいる。白髪の男は表情が凛としており、清い川を思い起こさせるような雰囲気をまとっている。
(こいつ、強い)
アニールは白髪の男を一瞥しただけで瞬時に理解した。身体運び、得物の扱い、表情と姿勢、どれをとっても一級品だ。恐らくは教皇ハタルアに付いている専属の護衛なのだろう、とアニールは推し量る。
「こちらの部屋になります。教皇様は奥の真中の席についてください。トカレスカ騎士団の皆様は手前側の席の好きな方に腰掛けください」
ユノアの案内通りに席につき、席上でユノアが文字の刻まれた蝋板を纏める。
「皮紙が不足していましてね、蝋板記録物は蝋板で代えさせていただきます。……トカレスカ騎士団は、メドゥーエク街の攻略戦に参戦なされるでしょうか?」
ユノアの蛇のような目が再び光る。ーーー返すアニールは、不敵な笑みを浮かべる。
「参戦します。但し、こちらが提案する作戦に同意していただければ、の話ですが」
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