海の向こうから、新勢力との接触
その日、ティール港町はざわついた。
「なんだ、どうした?!」
まだ陽が昇ったばかりの頃、イヴイレスの提案通りにティール港町の防衛設備を整備していたアニールが軽鎧に着替えて港へと走る。港では既にエルベンが待っていて、海の方を指し示している。
「アニール見ろ、見慣れない船がこっちに来る」
縦の長方形の中心に瞳の旗が揚げられた船がティール港町目指して向かってきている。今のところ船に武装は見当たらない。
「……警戒して。弓は備えた?」
「ああ、ここに8つある。他のやつはまだ来てないが……」
と、そこへイヴイレスとアルトが駆けつけてくる。船に揚げられた旗を見るや、アルトの目が大きくなった。
「……メルカ教団、だと?!」
メルカ教団。それは、主にヴェール連合国で信じられてきていたメルカ教の教団。
「メルカ教団は確か、聖地が激戦場になって何処かへ逃走したきり情報が入ってなかったが……」
アルトがそう呟く。アニールは弓を後ろに下げて、令を出す。
「メルカ教団が来るのであれば、礼を尽くそう。但し、船が近づいてきて怪しい素振りが見えたらすぐ武装できるよう備えて」
その場にいる町人や騎士団の皆がその言葉を聞き、ある者は食事の準備をしたり、ある者は場所の準備をしたり、それぞれができることを始めた。アニールはずっと立ち続けながら、未知に備える眼差しで船を見続ける。
船が接岸する。一人の法衣を着た、細目の男が出てきてこう叫ぶ。
「我らはメルカ教団の者なり! 争いの意思はない! 貴殿らとは友好の関係を築きたく、ここへ参った!」
男が叫ぶと、その背後から5人の法衣の男女が横に並ぶ。細目の男は自らのパープル色の髪を撫でながら次の言葉を叫ぶ。
「時に、ここにアニール・トカレスカという者はおるか! イーズゲニア島の洞魔族より口伝にティール港町を解放せし騎士と聞きおよんだ! 是非、話がしたい!」
叫びながら、細目の男はずっと半身が火傷している女子に視線を送っている。アニールは、イーズゲニア島で私の身体特徴も聞いたのだな、とひとり頷く。
「私がアニール・トカレスカ、トカレスカ騎士団の団長だ。この町の全権を持つ者は他にいるから、暫し待ってくれないか?」
「分かった、では待とう」
しばらくして、町長ナルグとティール港町の議会メンバー4人が集う。彼らは全員、メルカ教団の下船を認めた。
「では、お言葉に甘えて町に入らせていただきましょう」
細目の男がまず降りて町長ナルグと握手した後にアニールに手を差し向ける。
「申し遅れました。私はメルカ教団の
「カーディナル?! おいアニール、カーディナルというのはな……」
(……いきなり、
アニールは一度深呼吸をして、震えの止まった手を差し伸べる。お互いに握手して、ユノアがニコリと微笑する。
「それではユノア様、こちらへ」
町長ナルグがユノアとその後ろの聖職者たちを話し合いの場、集会所へと案内する。その後ろをアニール達がついていく。
集会所のテーブルには町長ナルグとアニールが隣り合って座り、反対側にユノアただ一人が座る。ユノアの背後には聖職者たち5人が立っていて、まるでメルカ教の威光を示すかのような威圧感を醸し出している。
(……最初はびびったが、こうも偉そうにされると面白くない)
そう考えたアニールはイヴイレスに不満げな視線を送る。それを受け取ったイヴイレスは集会所の中の様子を眺め、アニールのメッセージを理解する。
「おいみんな、アニールの後ろに立つぞ」
イヴイレスが小声で騎士団メンバーの全員にそう命じる。人間種、天使族、洞魔族、光の民、多種多様な種族で構成されたメンバー達がアニールの背後に並ぶ。
「あ、あの翼は一体……?」
「天使族……、実在していたのか?!」
「光の民もいる……。気難しい種族なのに」
その場に本来なら存在するはずのない種族を前に、聖職者たちが口々に騒ぎ立てる。だが、ユノアが笑顔のまま背後の聖職者たちに視線を向けると、彼らはたちまち黙った。
「申し訳ございません。私の部下がうるさくしてしまって」
「いえ、仕方のない反応なのは百も承知です」
顔色ひとつ変えないユノアにアニールがそう答える。
「では、我らがティール港町とメルカ教団の友好を始める件について話し合いに入りましょうか」
「ああ、そうだね。メルカ教団を代表して、よろしくお願いいたします」
町長ナルグが議題に入り、ユノアも応える。初めはティール港町とメルカ教団の交流について話し合いがなされた。その間、アニールの出番はあまりなかった。
「……では、今後はメルカ教団の司教様をここに置いてもらうということになりますか」
「そうだね。朽ちかけだけど教会の建物があるし、メルカ教を信じている人も多そうだからね。今後は海路でここと交流することになりそうだ、陸路はメドゥーエク街が野盗に占拠されてて使えないからね」
メドゥーエク街、の単語が出た時からユノアの視線がアニールに向く。ユノアのパープル色の視線が妙に鋭い。空気が張り詰めたものに変わる。アニールは時ここに至って、メルカ教団の真の狙いを察する。
(ーーーそうか。メドゥーエク街攻略に私たちを巻き込むつもりだな)
アニールの予想通り、ユノアはすぐに話を切り替えた。
「ところで話は変わりますが、私たちはトカレスカ騎士団にお願いがあります。メドゥーエク街が鼠衆会という野盗集団が支配されているのはご存知ですか? そのメドゥーエク街の攻略にトカレスカ騎士団もご参加していただきたい」
アニールは一瞬だけ息を止めて、ユノアを見る。トカレスカ騎士団の味方になりうるのか、それともただ利用して捨て駒にするのか、まだアニールには判断がつかない。
「……ここで即座に判断はできません。我々にメドゥーエク街を攻略できる能力があるかどうかも含め、検討する時間を頂きたい」
「まあ急な話で判断がつかないのは仕方ありません。この話は二週間後、我らが聖地トゥメルカで再びしましょう」
そこで話は終わり、ユノアたちが席を立つ。ユノアたちが船に乗る直前でユノアがアニールに振り返り、紙を取り出す。
「ああそうだ。我々がどんな戦力を持っているか情報交換しましょう。我々は65人の聖兵と十数の馬、少しばかりの攻城兵器を持っています。貴方がたは?」
「……貴方が今まで見てきたので全部だ。私を含めて12人だ」
「ですが、貴方がたには天使や光の民、洞魔族もいらっしゃる。実に多様なことができそうだ」
蛇のような眼差しでユノアがアニール達を眺める。背筋が冷える気がして、アニールは震える。
ユノアが船に乗り、広い海へと遠ざかってゆく。2人のメルカ教団聖職者がティール港町に残り、司祭としての務めを行うことになった。
船の去った海をエルベンがいつまでも睨みつけている。なかなか立ち去らないエルベンが気になって、アニールは彼の顔を覗き込む。
「エルベン、もう戻ろう。今は町で務めをする時だ」
「アニール。俺さ、あのユノアってヘビ野郎が嫌いだ。メルカ教団が上だと思い込んでやがる。俺たちを下に見てやがる。二週間後の話し合いまでにあいつらを見返す策を考えねえと」
アニールは溜息をつき、改めてエルベンに向き直る。
「何も争おうというわけじゃない。今回、彼らは努めて友好的に接してくれた。なら、今度はこっちがもっと礼で上回ればいい。それだけだ」
そう言うアニールの眼差しは強く、エルベンは引き下がらざるを得なかった。
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