目下、人手不足

 町人四人を騎士団に採用した昼、騎士団本部でイヴイレスとアルトが面を合わせて唸っている。


「イーズゲニア島の洞魔族を頼るべきか……」

「いや、デボの話だと島の外を出る気は彼らには無いそうだが……」


 うーんうーんと頭を悩ませる二人のもとを、偶然アニールが通りかかる。


「二人共、人手不足の件で悩んでるのか?」

「「そうだ」」


 それを聞くや否やアニールも頭を抱える。


「……だよねー。敵は多く、味方は少ない。現状じゃ、ティール港町の守りを固めるので精一杯かな」


 アニールの言葉に共感するイヴイレスとアルトだが、アニールは面を上げてさらなる指摘をする。


「人手不足も重大な問題だけど、もっと重要な問題がある。我々がこの町に受け入れられなきゃならないんだ、今から私は町の人々の生業の農耕を手伝って来る」


 そう言って、アニールはエルベンやウインダムスなどを連れて本部を出る。バタン、とドアが閉まる音にイヴイレスとアルトが取り残される。


「確かにな。アニールの言う通り、まずは町に受け入れられるところからか。……アルトさん、僕も外を歩いてきます」

「待て、俺もついていこう。本部に籠もりきりでは何も思いつきそうにない」


 二人も本部を出、道を歩きながら風に当たる。


「三,四日で踏破できる位置に野盗の拠点がある。しかも敵の人数はあまりにも多い。ティール港町の防衛設備を修繕することを提案すべきでは? アルトさん」

「イヴイレスの言う通りだ。それが我々のできる最善だろう。メドゥーエク街のことは後にして、まずは我々のできることを増やしていくしかない」


 二人が喋りながら町を歩いていると、共同墓場らしき場に出る。其処では、天使ユーアがアルメジアら町人達と一緒に見慣れない形式ーーー拳を額に当てているーーーで巨石の碑に黙祷している。


「その黙祷、メルカ教式か?」


 アルトに話しかけられても、ユーアは黙祷を解除しない。アルトとイヴイレスがしばし待った後、ユーアが黙祷を解いて二人に重い面持ちを向ける。


「天界で学んで町人達からも習いました、メルカ教式は十分間の黙祷が必要です。今後は気をつけてください」


 ユーアに注意されてアルトは申し訳無さ気に面を下げる。アルメジアがユーアよりも前に出て腰を折る。


「この墓地の下には、先の大戦で亡くなった方や野盗にやられた方などが眠っています。どうか、彼らに黙祷を捧げてくれませんか」


 アルメジアに言われてイヴイレスが巨石の碑の前に立つ。石碑には、古く刻まれた名と新しく刻まれた名とがびっしり並ばれている。


「それでは、僕も郷に従ってメルカ式で祈ります」


 イヴイレスが拳を額に当てて祈る。アルトも続いてイヴイレスと同じようにする。


 ーーーこの石碑に名を刻まれた者はいったい何を想って死んでいったのだろう……。イヴイレスがそんなことを考え始める。すると、イヴイレスの耳の裏側に様々な断末魔が浮かんでくる。身体を攻城兵器に吹き飛ばされた者。食う物が無くなって仲間に喰われた者。迫りくる魔獣の囮にされた者。鍬を片手に天を仰ぎながら衰弱死した者。ーーー想像するだけで、数多の死がイヴイレスの身にのしかかる。イヴイレスには、オードル師匠や周りの大人に説かれた他人の死に様がティール港町にかつていた人々との死に様と重なる。


 10分後、二人が祈りの姿勢を解いて身を楽にする。目を開いたイヴイレスの顔には、強固な意志が宿っている。


「イヴイレス、この石碑の前で何を考えた?」


 イヴイレスの変化に気づいたアルトが彼に話しかける。


「今の僕達って、沢山の人に支えられているんです。それはつまり、沢山の人の死に支えられていることでもある。彼らが築き上げてきた骸の土台があって、僕達はなんとか生きていられる、そういうことに気づいたんです。今まで僕はアニールに悠遠な目標を説かれて彼女に付いていくだけでしたが、今になって大陸の秩序を背負う重さがわかりました。……本当に、僕は遅い」

「……15歳でそこまで考えるのは重ぇよ。そういうことはおっさんである俺に頼れ。ほら、ティールの仮議会に防衛設備の整備を提案しに行こうか」

「そうですね。じゃ、ユーア、俺たちは行くから」


 ユーアとアルメジアから別れて、アルトとイヴイレスが歩く。そのイヴイレスの眼には、他ならぬ覚悟の炎が燃えていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ティール港町が接する海、インディン洋は二つの巨大な半島に挟まれた海である。西側の半島はインディン亜大陸と呼ばれ、東側の半島はディシア半島と呼ばれている。その東側の半島の付け根の辺りで、アニール達の騎士団とは別の勢力が立ち上がろうとしている。


 縦に長い長方形の真ん中に瞳の絵の旗が挙がる。険しい岩肌に建物を隣り合うように建て、その中で数十人の聖職者が偶像に向かって祈りを捧げている。それとは別の建物の中で、顔を帽子から垂らす薄布で覆っている女性が、地面に屈む側近らしき佩剣の男から報告を受け取っている。


「イーズゲニア島の洞魔族はやはり非協力的か。まったく、西の鼠衆会の退治には我が教団だけで当たらなければならぬか」


 顔の見えない女がそう溜息をつくと、側近の男がすぐさま首をふる。


「そうでもありません。イーズゲニア島の者の話では、西のインディン亜大陸のティール港町にて、アニール・トカレスカとかいう人物を中心に新たな勢力が興こるらしいとのことです。イーズゲニア島を介してティール港町の様子を見るのはどうでしょうか」

「ティール港町? ……かつて存在した町など野盗に支配されるか滅ぶかしかなかったと思っていたが、違うらしいな」


 顔の見えない女が面を上げ、宙を見ながら考える。ーーーそして、側近に令を下す。


「配下の者に様子を見に行かせてみよ。可能であれば共闘を申し出よ」

「はっ。命のままに」


 側近の男が地面に触れるほどに頭を下げ、顔の見えない女のことをこう呼ぶ。


「メルカ教第45代教皇、ハタルア・トゥメルカ様」

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