ティール港町解放作戦
闇世の中、騎士団の者たちは身を隠しながらティール港町を囲う、朽ちた防壁に接近する。篝火の近くで見張る野盗がふたりいるところも近くまで近接する。
「居場所を一方的に見せてくれて助かるな」
とエルベンが呟く。エルベン達は闇夜に目を慣らして難なく空間を把握する技術を持っている。
今回、敵の野盗は元からティール港町にいた者たちを除けば15人。元町の人はやむを得ず野盗に加わった経緯があり、アルメジア氏の説得で今回は味方に回っているらしい。15人、という数字は今回デボを加えて7人になったアニール達にとってはなんの問題もなかった。特にオードル師匠の弟子である3人は練度がはるかに高く並の人間では敵わない力を持っている。
「僕があの二人を射たらデボとエルベンが先行して突入。僕達はその後を追いかける。今日は月も出ていないしバレないだろうから、ユーアさんは空から地上の篝火の位置とか把握して教えてくれ」
イヴイレスがアルトと相談して定めた作戦を伝える。デボは闇に生きる種族だから言わずもがな、エルベンは事前潜入で地理を把握しているため二人が先導役なのだ。イヴイレスがきりきりと弓を絞る中、アニールは自らの剣に視線を落とす。
(今までは誰か他の人と共に戦っていた。でも今この瞬間だけは違う。我々だけなんだ。我々一行単独で解放する)
剣を固く持つ手を柔め、深呼吸する。そして瞳を上げる。
ヒュン。二本の矢がそれぞれ二人の見張りの首と頭に命中する。刹那、デボとエルベンが空いた侵入経路へと突撃を始める。アニールはエルベンの背中についていく。
野盗の根城になっている町の集会場で、お頭が目を覚ます。何故か悪寒がして、寝ていられる気分ではなかったのだ。
「やい、水を持て!」
と叫んでみるが、誰もこない。普段であれば、決まりでお頭を世話するものが誰か一人はいるはずなのだが。怪訝に思ったお頭は野盗の宿舎に向かうーーー。
パシャ。
「ん?」
宿舎に踏み入るお頭。お頭の足に、水たまりを踏んだような感触が伝わる。その水たまりは生暖かい。手に持った松明で床を照らす。
切断された腕が転がっている。血の海の中に。
「ーーーッ!?」
慌てて辺りを松明で照らす。死体。死体死体。5人の死体が転がっていた。首のない死体。剣に伸ばしかけた腕を失った死体。両断された死体。凍てついてひび割れた体。握りつぶされたかのように頭が潰れて小さくなった死体。
「な、な………」
お頭はその場にへたり込む。凄惨な現場は、誰かが宿舎を制圧し、野盗たちを一瞬のうちに殺戮したことを伝えている。
「ひっ、ひいいいいいいい!」
顔面が青くなったお頭が立ち上がり、逃げようと駆け出す。ーーー駆け出した右脚の感触がなくなる。
「ひあっ!?」
切断された右脚の切断面がそのまま床に激突し、気絶必死な痛みがお頭の全身に迸る。
「あーーーーーーーーーーー!!!!!!」
その夜はじめての、野盗側の悲鳴が響き渡る。
「ひ、ひひいっ!ひぁーーーーーーー!」
残された僅かな理性で服の裾を噛み、痛みを堪えて頭を働かそうとする。そうして周りを見回すと、……人影が闇夜の中にぼんやりと浮かび上がっている。
「松明を落とすなんて、建物が燃えたら町の人が困るじゃないか」
いつのまにかお頭が落としていた松明の火を、誰かが踏み消す。その脚を辿って顔を見上げる。ーーーその人の手の魔法の光に照らされた顔は、左半分が火傷に覆われている。
「お、おまえかぁ……。や、やったのは……!」
アニールは頷き、眼の前の醜い男を見下ろす。この男が町を支配していた者。町の人を虐げていた者。許すことはできない、とアニールは静かに呟く。
「あ、もう見つけたんですね」
遅れてウインダムスとデボが駆けつける。デボの姿を認めるやいなやお頭は何かを叫ぼうとしたが、飲み込んだ。
「そ、そうか……デボ、貴様はグル……」
『……俺はあんたの部下の頭を潰した』
手から滴る血を見せびらかしながら、デボがお頭の前に進み出る。
『俺はもうあんたについていかない。俺は騙されすぎた。これからは償いの道を進むさ』
その場ではウインダムスにしか分からないデボの言葉が暗闇によく響く。
アニールがその重い剣の切っ先をゆっくりと持ち上げてゆく。
「アニールさん。せめて最期の言葉とか聞かないですか?」
「人を虐げるものに、言葉を残す権利が許されると思うか?」
右脚を失ったなんの権利もなき男は両手で懸命に這い出して最上段に構えられた剣から逃れようとする。ーーーだが、努力虚しくお頭の肉体は永遠に真っ二つに分かれる。
お頭の血でまたひとつできた血の水たまりを踏んでアニールたちが歩き進む。伏兵を警戒しながらデボが先頭を歩く。合流地点でエルベン達と合流する。
「アニール、そっちは何人やった?」
「6人。頭領らしき者がいたが、斬り伏せた」
「こっちは5人だぜ。外壁の見張り地点を潰してく計画だったが、あとの4人ユーアがひとりで空から4人を射ったんだ」
その場に降り立つ、弓を持ったユーア。急いで黒いロープに身を包んで自らの姿を闇夜に隠す。
「6たす5たす4……。15。よし、これで全員倒したな」
初めての勝利に、しかしアニールはあまり達成感を感じなかった。
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