情報の収穫

数時間後


馬車の横の草むらの上に、銀灰色の肌と黒の髪をあらわにした、腕が太く耳が尖っている洞魔族が横たえている。彼の傷跡には薬草をすり潰した液と浸した布があてられている。


「……EBJKZPVCV?」


女性が洞魔族に語り掛けた。


「……EBJKZPVCV。」


「何の言語ですか。」


とエルベンが訊いたところ、


「ヴェールの言葉です。……イアグさんもヴェールの人だったんで。」


とウインダムズが横から答えた。


「……エイジル語か、ラール語は話せますか?」


とウインダムズが洞魔族に訊いたところ、洞魔族は何を言っているのかわからない顔をした。


「XBLBSJNBTJUB。」


と、いきなりウインダムズの口からヴェールの言葉が出てきた。


「あなた、話せるのね…。」


と女性から言われた。


「そういえば、まだ聞いていないんですけど、お名前は。」


とイヴイレス。


「あら、すみません。私はアルメジア・ティターニル。この人は、デボ・ソルード。」


「そうですか。私はイヴイレス・シャンダルと申します。」


一通り自己紹介が終わった後、アニールから


「で、なんで切られてたんですか?」


すると、アルメジアは瞳を伏せる。


「…私をかばってくれたんです。あの町、元々私たちの両親や大人たちのものだったんですけど、今や野盗の拠点になってしまって…。で、今まではうまくやってこれたんだけど、あのときだけは中々状況を打破できなくて男三人に乱暴されかけてたところを……。」


と語った。


「そっか…。」


アニールは屈んでこれからの焚火に使用する木の枝などの山を右手でいじくりながら、


「んー、ずっとは無理だけど、今は守ってあげられるよ」


と優しく言った。その背後からエルベンがデボの容姿をなめるようにして眺める。


「そうはいっても、いきおい保護しちまったけどこいつ野盗の仲間だろ」

「「「なに!」」」


 エルベンの言葉にアルメジア以外の全員がおもいっきし驚いた。


「あーすまんすまん…。俺が責任取ってこいつずっと見とくわ。で、そうでしょ?アルメジアさん。」

「…ええ。でも、なぜ?」

「カッコが同じなんだよ」

「……確かに、あのグループは服装を似せてますからね。」

「でしょ。」

「OBOJXPIBOBTJUFJSV?」

「…BOBUBOPLPUPEFTV。」


とデボの言葉にウインダムズが返した。


「エルベンさん、僕も一緒に見ますよ。」

「ああ…、すまない、言葉が通じないから不安だった」




夜、焚火を囲みながら


「えっ、船を作れる技師がいるのか!?」


エルベンが驚いた。


「ええ。あのティール港町は元々は船作りで栄えていた町です。ティール船は大陸でも随一の性能を誇っていて、とても高く売れていました。それで、船作りの技術は門外不出なので、技師は普段はここからちょっと離れた森、灰の水の森の中に住む決まりなんです。」

「おい、それって。」


イヴイレスが地図を出して、一点を示した。


「これこれ…、地図で危険地帯に指定されてるじゃないか。」

「だからこそです。特殊な魔法品を使って技師又は信用できる関係者のみが出入りできるようになっていました。…あの森は魔力のオーラが強いところで、並大抵の人が入ろうとすると方向感覚を失います。唯一森の中の湖から流れてる川から入ろうとしてもです。」

「そうか。」


とイヴイレスはうなずいて、


「でも、野盗らもそのことは知ってるんだろ?」


アルメジアが首を振って、


「いいえ、私たち町の人々はまだ誇りを失っていません。ので、技師の人の存在を隠しました。もう死んだのだ、と。あの森の中には充分に自給自足できる空間がある。魚がとれるし、やろうと思えば魔力のオーラの強い土地だから作物の育ちも早い。」

「ねえ、話しても大丈夫なの?」


とアニールが首をかしげた。部外者であるアニールたちに話すのも、ほんとうはおかしなことなのだ。


「……そうですね。私っておかしいですね。でも、ここのところずっと船が走る様を見ていないので…。もしかしたらあなた方に乗ってもらいたいのかもしれません。」


と、顔に左手をあてながら聞こえないような声でつぶやいた。


「……。」


それをアニールは優しく見つめていた。


「…さっきから気になっていたんですけど。」

「はい?」

「あなた、それって火傷?」

「ええ。」

「……まるでフギニの預言の悪魔みたいだわ」


 アルメジアの何気なく放った言葉に、イヴイレスとエルベンが得物の柄に手をかける。アルメジアの顔が青くなって震えだす。


「ご、ごめんなさい。今の言葉はそういうつもりじゃないの……」


 怒りで青筋が立つイヴイレスとエルベンをアニールが手で制する。


「イヴイレスとエルベン、お前らだってこの姿をからかった事があるじゃないか。一般人に対しては笑って流すとこだ」


その後は、静かな時間が流れた。






朝、日のやや昇った頃


「まずは技師に会いに行く。アルメジアさんの案内だ。行くのは…アニールと私だ。アルトさん、ここを頼みます。エルベンはアルトさんとここに残れ」


「おいイヴイレス、俺は頼んねえのか。」

「今回は良かったが、見境なく拾ってくるからだろう。今後はないぞ」

「あぁーはいはい。昨日言った通りちゃんと見ますよ、と。」




一時間後


ユーアが最早呪文とも聞きまごう言葉でデボと会話していた。


「#$“&$$#$%$&”$#?」

「……&%##$#“‘%$。」

「ウインダムズ、分かるか?」


とアルトが訊くも、


「いえ。」


とウインダムズが首を横に振った。


「…今の、洞魔族の言葉?」

「みたいですね。そういえば、エルベンさんは?」

「近くに川があるから魚取りに行った。」

「そうですか。」

「おい、そういえばデボってヴェール語話せるのに何故エイジリア側に来てるんだ?」

「あっ、それもそうですね。訊いてみます。」


そうしてウインダムズがデボと会話した後。


「あの、元々イーズゲニア島にいたらしいんですけど、島を出てみたら存外大変で、気が付いたら野盗に身をやつしてここまで流れてきてしまったらしいんです。」

「とすると、あの野盗らも元はヴェールの?」

「のが半々ですかね。」


アルトは頭を掻きむしって、


「そうか、つまりはまだ何も改善していないのか……くそ!」


一番近くの木まで歩いて、拳にいら立ちを乗せて叩きつけた。


「……よし、気を取り直して、周りの警戒でもすっか。」




一方、アニールら




「なるほど、時々向こうから出てくる時があるのですか。」

「ええ、狩りの為にね。」


イヴイレスとアルメジアが先行して森の中を歩いている。アニールは後ろを警戒しながら後をついている。


「例えば、どんな獣ですか?魔物……も狩るんでしょうかね。」


とアニール。


「ここらへんの魔物は厄介よ。周囲の色と同じになっちゃうもの。」

「あぁ、それなら僕とアニールの目が利きます。」


とイヴイレスが自分の胸を叩いた。


「……あの村にいる野盗たち、実は私たちら町の人もいるの。」

「生存のため、ですか。……彼らはその現状には?」

「納得してません。ですので、技師の存在を隠しています。……町を、取り返せればいいのですが。」

「ねえ。」


アニールが何か思いついたらしく、アルメジアに向かって口を開いた。


「野盗の頭数は?」

「…デボくんを除いてあの村にいるのは十九人。そのうち四人が町の人よ。」


と、アルメジアが立ち止まった。つられてイヴイレスとアニールも立ち止まった。森はまだ続いているが、イヴイレスが立っているところから数歩かする所を境目にして立っている木々の種類がガラリと変わる。時期のせいか生き生きして見える、卵形の葉の木々からどんよりとして、ニラみたいに細長く垂れている葉を持つ木々に変わっている。


「でも、ここではないわね。普段出てくるのはあっちだったかしら。」


と、アルメジアが右の方向に歩いていく。二人も続く。

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