ティール港町、潜入
四日後
ティール港町の入口前を、土と葉で汚れた茶髪の男が下を向きながらのそのそと歩く。腰に短剣を佩いているのみで、それも刃がボロボロだ。港町の門番らしき男が彼の顔を上げさせる。
「テメェ、どこからきた? ……何者だ」
門番の問にその男は答える。
「俺の住んでた村が魔獣に襲われて、俺一人だけ命からがら逃げてきた……ってとこだ。みんなが逃がしてくれて、でも俺の手元にはこんなボロボロの短剣ひとつしか残らなかったなあ……うっううっ」
顔をしわくちゃにして涙を流す男。門番は観察に基づいた合理的な判断をしたか、この男を危険無しとした。
「あんちゃん、それは大変だったな。なに、この町じゃお頭が仕事を紹介してくれるさ。その仕事にありつけば、少なくとも命の危険はないと思うぜ。少なくとも……な」
門番の男がニヤニヤしながら、薄汚れた男にそう話しかける。そして、薄汚れた男の手元から短剣を奪う。
「あっ! どうしてその短剣を……」
「これはルールなんでね。嫌なら引き返して死ぬか、この町で一生の労働か、選ぶんだな」
今ここに至って、薄汚れた男は何かを悟ったような顔をする。目を伏せて、心の悲鳴に耐えるように歯を食いしばりながら町の中に入る。
「ようこそ、我らが悪兎団の支配するティール港町へ」
薄汚れた男の背後で門番が大仰そうな仕草をする。それに薄汚れた男は目もくれず、ただただポツ、ポツと歩く。そして、誰にも聞こえないように小さくつぶやく。
「……偵察しておいて正解だったな。鼠衆会ではないが、ここは野盗に支配されてるな」
そう、この男こそエルベン・シエジウムである。アニール達一行は、ティール港町の近くにまでやって来たのだ。崖から見下ろす町は多少荒廃しているものの、人のにぎわいを失っていないようだったので念の為偵察を送ることになった。早速偵察役としてエルベンが選ばれ、単身入っていくことになったのだ。一行は町から少し離れたところで待機している。エルベンに課せられた任務は、村の状況の把握と船の在り処を探すことである。
この町は野盗に占領されていて、拠点となっているようだ。町のはずれなんかにいくと、畑が広がってて監督官紛いが町人に強制労働させている。唯一の救いは、この野盗らがあまり規模が大きくないということだ。
野盗に命じられて鞭打を受けながら畑を耕すエルベン。すると、野盗に奴隷にされた村人と思しき者と隣り合わせになる。情報を聞き出すチャンスと思い、話しかける。
「あの、この町って船がないものかと思ってるんですが。脱出とかに使えそうな、海の向こうの島まで」
「ふね、ぇ~? ああ、あんさん外から来た男だってね。無理だよ、作れる人いないもん。ここにあるのは壊れて乗れないやつばっかだよ。」
くそっ、と悪態をついた。もとより、この時代に船を求めるのは弓で月を射落とすようなことだったということは彼にも分かっている。仕事を終えて野盗どもに見張られながら寝床までの道すがら町の他の所を見回っていると、丁度海にボロボロな家が乗り出しているような建物を発見した。夜に人目を盗んで侵入するのは容易だった。中は無人で、荒らされた形跡しかない。凡そ、モノはホコリの類だけだった。と、奥に進んでいくと、中に水が引き込まれている部屋に入った。この部屋は海とつながっている。そこに、船があった。といっても、そこらじゅう穴だらけでとても乗れるようなものではない。
そのあと、エルベンは期待を少し抱きながら探索したが、目ぼしい結果は得られなかった。外壁の壊れた一箇所を抜けて町のはずれの一行が待っているところへ戻ろうとした道上で、痩せこけた顔の細い長髪の女性がフードで身体を覆った人に対して何やら大声で呼びかけているのを発見した。
「ねえ! まだ起きてていてよ! なんでかばったのよ!」
よくみてみると、フードの人は刃物やら何やらで傷害された痕があり、そこから血が流れていた。急がなければ、命はない。
「そこの人―!俺が助けるぜ!」
「え、誰? 奴隷になったばかりの人……? ……んー、頼みます!」
「はいよ!」
フードの人を背負ってエルベンは一行のいるところへ急いだ。女性も後を追って同行してきている。
夕方、町のはずれの森
「もう少しで仲間たちのいるところにつきます!」
「あれ、仲間がいるの⁉ だったら……少し待って!」
女性が立ち止まる。エルベンも立ち止まり、振り返った。
「なんだよ、知られちゃまずいことでも?」
「その人、洞魔族なのよ!」
洞魔族。それは、山脈の麓などに生息する亜人種。全身が濃い目の灰色で、腕が大地を削れるように太く固くなっている。日光に弱く、闇の中を見通す目を持っている。ーーーかつての三大国が栄える前の時代では、洞魔族の頂点に座す男が魔王と名乗り洞魔族がその他の人類亜人類たちと熾烈な争いを繰り広げていた歴史もある。そのため、光の民や獣人などの亜人類からも一部的には恐れられている。
どうまぞく、という単語の時点でエルベンは振り返り足を急がせた。
「それなら心配ない!」
「本当⁉」
「俺の仲間はそんなの気にしない……っと!」
森が開けて、エルベンは瞳の中にイヴイレスの姿を捉えた。
「けが人拾っちまった! 手当頼めねえか!」
「エルベ……なんだと? おいアニール!」
「けが人? キーラさん、確か薬草の知識ありましたよね⁉」
「ああ。……今出す。布は、そいつのフードで充分か。」
洞魔族の男の傷が手当され、洞魔族についている女性もひとまずは一行のもとに身を寄せることになった。
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