疑心なる光の民
「ふ、ひははっ、こいつは珍しい、ひっとらえろ!」
男が叫ぶと、野盗らが再び動き出した。と、突如醜い男のいるほうの地面が盛り上がってきた。
「捕らえろ、醜き者達を。」
魔法を行使したのはレイザ。盛り上がった土砂は大きな塊となって野盗らを飲み込もうとした。それぞれ、武器を突き立てようとする者もいれば、背を見せて走った者もいた。ところが、誰も大きな塊から逃げることかなわず大半が飲み込まれて埋もれた。レイザは森の方を指さす。
「吹きゆけろ、剛き風よ。」
と、森からやってきた野盗らの体が浮き、森の木々に高速で叩きつけられた。立っているのは、アニールら騎士団メンバーとレイザ、魔法に巻き込まれなかったわずかな野盗たち。恰幅の良い男は馬が魔法に巻き込まれたので下馬して立ち尽くしている。ブォン、とレイザがクレイモアを振ると恰幅の良い男以外の野盗が散り散りに逃げ出した。
「……こうなってはもうどうしようもあるまい。見逃してやる。」
レイザが恰幅の良い男の前に立って言った時には男は既に気絶して倒れていた。
「ふー……。」
それまでの疲労を出し切るかのようにレイザが息を吐くと、髪の変色は徐々に収まり、やがて元の灰色に落ち着いた。
「ッ、ハァ!」
それまで疲労と痛みをこらえていたエルベンは息を吐きだして地面に腰をつけた。頬には、三筋の切り傷が走っている。他の皆もエルベンが息を吐いたのと同じタイミングでそれぞれの楽な姿勢になった。
「みんな……怪我はどう?」
アニールが確認をとったところ、全員が軽い怪我程度で済んだようだ。さて、とエルベンが鉛みたいに重くなった腰を上げて馬を戻しに歩き出した。私も行く、とイヴイレスも同行しようとした。
「あ、私の馬。」
とレイザが唐突につぶやいた。
「あぁ、戦いのどさくさでどっかいったんかな。レイザさんも来る?」
とエルベンがなんともないような表情で誘った。
「あ、いや。私の馬は、魔法で呼び戻せる。」
と、髪が再び虹色になった。ややして、レイザの馬が駆けて戻ってきた。
「どうどう。おぉ……舐めるな舐めるな。」
馬が戻ってくると、髪は再び灰色になった。
「じゃ、イヴイレス行くぞ。呼び戻しの笛はあるか?」
「ああ、ある。お前はあっちの方に行って吹いてみろ。」
「了解。」
と、エルベンとイヴイレスが馬を連れ戻しに行った。場に残った全員の間には、またも風が吹くのみとなった。
「アニールさん。」
レイザがアニールの前に立った。
「申し訳ない。」
と頭を下げた。髪で顔が隠れてしまっている。
「いや……。」
アニールの目線がやや泳ぎ、そしてレイザを捉えて、
「いや、謝られることなんてないと思うのですが。」
「……光の民であることを黙っていた。」
「……仕方ないんじゃないですか。」
「だが、しかし。」
今度は蝿一匹が動くのみとなった。
「移動しましょうか」
横からアルトが手を叩いて呼びかけ、蝿が逃げていった。
夕方
一行は野盗の拠点から離れ、見晴らしのいい丘の上で野宿をとることにした。結局、レイザは一言も発さず、ズルズルとついていく形となった。
「ずいぶん離れたし危険度は低いと思うが報復の危険もある。気を抜くな。」
馬車の外で六人が円を組み、イヴイレスが注意を促した。レイザは馬に乗って、円の外側から見ている。と、ユーアがレイザの許に歩いてきた。
「レイザさんて、私たちと一緒に来ないんですか?」
「いや……。この野盗の多い地帯を抜けたら再び一人になろうと思う。」
虚ろな目で答える。
「レイザさんて、確か光の民……とかでしたっけ?私、あんま知らないんですよね。」
「光の民か。あなた達とは違う種族だ。人間とは似ているようで違う……。最も私たちは私たちのことをメレスと呼んでいるがな。」
「そうなんだ。」
「貴方には知らないだろうが、私たちと関わると人間から嫌われるかもしれん。」
「えー?いや……、少なくともアニールさん達はそういう人間じゃないって分かってます。」
「分かるものか。」
「分かります。」
ユーアがつい意地になって頬を膨らませた。
「ここはエイジリア領、そして貴方は若い。貴方はエイジリアの人間でしょう。……本当に、ちかよ」
「エイジリアの人間じゃないよ。」
発言を遮って、ユーアが首を横に振った。
「失礼。勘違いしたようだ。しかし、エイジリアが特にというだけで、この大陸中どこかしかに必ず何らかの曰く話がつきものです。気をお付けなさい。」
しかし首を横にも縦にも振らず、ユーアは真っすぐ瞳のみを見据え続けた。
「何らかの事情で一人旅をしなければいけないのならそれでいいかもしれません。しかし、一人で旅をする理由がひか……メレスであるというのならば、納得できません。皆で行動した方が安全なはず。」
「何故そこまで詰め寄ってくるのです。」
「私たちは……、大陸の安寧の為に行動しています。その為なら、人助けを惜しみません。」
「そうだそうだ、だから安心しとけ。」
ユーアの後ろからエルベンがからからと笑ってやって来た。馬の手綱を握るレイザの手が震えている。
「まぁー、そして大陸の安寧の為には色々交流も必要なわけで、出来たら同行してくれるとありがたい。」
「……そうですか。」
とポツリ呟くのみだった。
馬車を挟んだ反対側で、アニールとイヴイレスが会話を聞いていた。
「やはり向こう側も抵抗感はあるらしいな。」
とイヴイレスがささやいた。
「めんどい。」
とアニールがしゃがんだ。
「なぜしゃがんだ。」
「え、めんどいなと思って。」
「まあ、そういう歴史があるからな。」
イヴイレスは歩き出して、遠くを見張りに歩き回った。
夜
馬車の中で寝ている者がいれば、火を囲っている者もいる。ユーアとアニールは馬車の端に腰かけて話している。
レイザには気になることがあった。ユーアのことだ。常にローブを身に付けていて気にしていること、妙に周りがユーアのことを気にかけていること、大陸のことについて知識が浅いこと。
……何者なんだ。私を積極的に誘っていたのも気になる。だが、隠していたのは私も同じだ。迂闊には訊けまい。
そんなレイザの視線を感じてか、アニールがレイザに顔を向けた。
「あの、何か?」
すぐに視線を逸らし、
「何でもない。」
と答えた。
「……何か疑問があったらいつでも訊いてね。」
と応えておき、ユーアとの会話に戻った。
……もしかしたら、アレの可能性もあるかな。よし、訊いてみるか。
アニールとの会話が終わるのを待ってレイザはユーアを手で招いた。
「なんです?」
「ユーアさん。」
呼吸を一拍置き、
「両親のどちらかが灰の髪でしたか。」
と訊いた。ユーアにとって意図の分からない質問にユーアは困惑した。なんせ、天使は殆どが白い髪であり、ユーアの両親もそうだったからである。何より、この質問は大陸の生まれであることを前提にしている。とりあえず、違います、と答えた。
「……なら、何故うろたえたのですか。」
困惑してたんだよ、とユーアは心の中で文句をつけた。
「ええっと、言ってることが分からなくて。」
「意図が分からなかったのか。……ふむ、すまなかったな。」
レイザが踵を返そうとしたとき、
「待ってください。」
とユーアが制止をかけた。
「何で、こんな話を?」
「こちらで気にかかることがあったからだ。」
そして、ついに踵を返した。
翌日
「では、ここで。」
危険地帯を抜けてついに、一行はレイザと別れた。その後ろ姿を見届けてから、
「さ、しゅっぱーつ!」
とアニールが馬を進めさせた。
「結局、行ってしまいましたね。」
とユーアがぼそり。その顔には、やや馬車の影が差していた。
「ま、向こうがこっちをそれほど信用してないのもあるだろうし。しゃあないよ。」
とエルベンが返した。その顔も、やはり光と影が二分していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます