厳重警戒態勢
アニールが外の見張りを終えて馬車に戻ると、焚火の隣でレイザが屈んで両手と額を地面に当てて瞑目していた。
……そうか。慰霊か。
すぐにアニールはそう推理した。
「ああ、アニールさんか。」
レイザが左の瞼を半分ほど開けて瞳だけでアニールを見た。
「この大地には私の同族が眠っているらしく……。な。」
そう言ったあと、レイザは左の瞼を閉じで再び慰霊の構えに戻った。よく目を凝らしてみると、レイザの口元が動いている。なにかのおまじないだろうか。アニールは馬車の中に入って、エルベンを叩き起こした。
「ってえよ……なにも俺のデコを叩くことないじゃん。」
「起きないからだ。さあ交代しろ。」
「へいへい。」
そうしてエルベンがアルトと見張りに出かけるのを見送った後、尚も慰霊を続けるレイザの姿を見たアニールは、オードル師匠の信じていた宗教、ルダーム・シェルトの作法をとろうとして、まず屈んで両手を組んで地面につけ、その上に額を乗せて瞑目した。
翌朝
「かっかっかっかっかっ!慰霊!どうりでのはらのなかで堂々と寝てたわけか!」
「ぐ、ぐぐ……エルベン、言わないでくれ……。」
ここは馬車の中。見張りから戻ったエルベンが外でうっかり寝てしまったアニールを馬車の中に運んだのだ。アニールかの顔は赤くなりながらふくれている。それからというものの、順調満帆とまではいかないけれどもそれなりに穏やかな旅の日々が続いた。
「カミナリイタチを切って熱燻してみたんだ。」
エルベンが肉をユーアに差し出す。続けて、レイザに配る。イヴイレスは自分で狩ったヌガを夜中かけて保存のきく燻製にするよう準備している。
「アレキテル、ライゲルグ、これでいいかな。」
と、アニールは餌用の草を馬たちの口元に運んだ。ウインダムズは、アルトに槍を教えてもらっている。
「しかし、出てこないな鼠衆会。」
と、屈みながら燻製作業を進めているイヴイレスが呟いた。
「まだ、テリトリーじゃないみたいだ。」
と、つぶやきを聞いたレイザが歩いてきながら返した。
「そうか。ところで、鼠衆会って要は野盗だろ。」
と、レイザの方を見ないでイヴイレスが訊いた。
「そうだが。」
「なら、魔法を施された品物とかあるかもな。……少々野盗じみているが、これからの活動の為に、貰えるものは貰っておくか。」
魔法が施されている物は通常、魔法品と呼ばれている。魔法品は、様々な効果をもたらすが、いかんせん物に魔法を施すことや魔法効果のある自然物を人の便利な形にするのは難しく、それゆえ数は少ない。
「……ところで。」
と、レイザが声を潜めて言った。
「なんだ。」
と、イヴイレスも応じるように声を潜めた。レイザの瞳は、ウインダムズの指導に熱心になっているアルトに向いた。
「あの鎧と槍……、アルトはエイジリアの兵だったか。」
「あ。そうらしいが……、本人に訊けばいいじゃないか。」
「それは……そうだが。」
そこで初めてイヴイレスがレイザの顔を見た。その瞳には、何かが隠されていた。しかし、その何かをイヴイレスは見抜けなかった。
「アニール、持ってきたぜ。これを使うのは久々だな」
と、エルベンが温燻用の木箱を運んできた。オードル師匠から製法を伝えられた木箱だ。
「ありがとう。木の枝は集まったから、そろそろ燻製するか。」
とイヴイレスが腕をまくった。
「悪かった、邪魔して。」
とレイザが後ずさった。
「いやいや、それじゃあいこうか。」
とイヴイレスとキーラは燻製に取り掛かった。
他方で、馬に餌をやったアニールが水の音を聞いたか、周囲を見上げた。
「あぁ、やっぱり。」
茶色い岩肌が目立つ山脈がそびえたっている。多分、近くに滝とかがあるのだろう。それでも、アニールは首を振った。
不用意に行ったら魔物が危ない……。
「よし、エルベンにたのもー。」
そうして、二人で滝まで行って当分旅で飲める、綺麗な水を確保した。
翌日。
「……そろそろ、野盗らのテリトリーを通るぞ。」
イヴイレスの手綱を握る手は固い。
「最大級の警戒、場合によっては奴らのアジトを叩くことになりかねん。根を絶とうと思えばな。」
とイヴイレスが放つ声には余裕がなかった。
「まだ騎士団という規模じゃないけど、これは私たち騎士団に課せられた試練だと思う。心していくよ。」
と言いながらアニールは剣を握りなおして、舌をなめる。
「私は騎士団の一員ではないが……まぁ乗った私も私だ。ここからは私が話そう。鼠衆会は私が遭遇した今までの野盗とは違う。ある程度の組織化がなされている。今回のテリトリーは末端だが、油断はできない。組織的な攻撃が来ると思う、私たちも協調をとって行動する必要がある。」
とはっきりレイザが言い放つ。ーーーそして、一行の馬車はついに敵のテリトリーに踏み込む。
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