商人集う島へ 道中、古い戦場にて

「次の目的地はどこなんだよ、みんな」


 エイジルを出て開口一番、エルベンが馬車の中で皆を見回す。実は、目的地というものはまだ定めていなかったのだ。そして、皆の視線が自然とアルトに集まる。


「みんな、なぜ私を見る?」

「それは、あなたが戦争当時の情報を持っていらっしゃるからではないでしょうか。わが一行は、拠点と同志を募る旅をしていますので、どうか知見をいただきたいところです」


 とイヴイレスが恭しい態度で彼に頭を下げる。


「調子狂うな、こんなに頼りにされたのは大戦以来だよ……」


 馬車の中にあった地図を広げて、アルトがある一点を指し示す。


「……この島、イーズゲニア島は大戦当時に沢山の商人たちが戦火を逃れようと逃げ込んだ島だ。この島ならあるいは、共同体のようなものができているのかもしれない。ーーー目指す価値はある。どうだ、みんな?」


 皆、異論なくうなずく。


「さて、此処からが長いんだが…。馬車で、多分十五日はかかる。ここからイーズゲニア島への船が出てる所までは、それくらい遠いんだ。だから、食料はなるべく最小限の消費にしたい。」


アニールは、馬車の中に積まれている木箱を見て発言する。


「さっきの村では補給はあまり出来なかった。だから、途中で何か食べられる物を採って食ったり、狩することもあるだろう。」


全員が


「はい。」


と言った。


「よし。」


手を叩いてアニールは背をもたれた。


次の日、昼


「怪我のある者はいないか?」


イヴイレスが叫んだ。魔力を使って大地を凹ませる狼、アースウルフの群れを撃退したばかりだ。


「う〜ん、捻挫してしまいました。」


ウインダムズが右脚を引きずりながら歩いている。


「捻挫かぁ…。まだ体力は持つね。」


ユーアがそう呟いてウインダムズの右脚に手を当て、治癒魔法を行使した。


「んんん…い、いだい!」

「治癒魔法って、使うと痛いんだよ。我慢してね。」

「いたい、いたい、が、我慢しきれない〜!」


エルベンがウインダムズの頭を鷲掴みにした。


「おい、騎士たる者が大怪我以外で喚き叫ぶとは何事だ。」


とエルベンが怒鳴った。


「一人が痛がると他の兵士の志気が下がる。これ兵法なり。」


とアルトが付け加えた。


「そ、そんなこといっても…!」

「そこまでにして、ウインダムズは馬車に戻ってね。」


とアニールが助け舟を出し、一同は馬車を走らせた。


翌日、昼


「あぁ……、ここだ。」


 アルトが幌を払いながら呟いた。


「ちっちえぇ木ばかりだな、どうにも通りにくい。」


 と馬を操っているイヴイレスが呟いた。


「すまん、止めてくれないか。」


 とアルトがイヴイレスに頼み、その通りにイヴイレスが馬車を停めた。まずアルトが馬車を降り、次にユーアが馬車を降りた。


「うわ。」


 ユーアは、まだ成長中の幼木がそこら中に生えている大地が広がっているのを目にした。


「……ここで、我が軍とヴェールの軍がぶつかり合ったんだ。大規模の魔法で大地が禿げて、数多くの徴兵された兵士が死んだ。」


 そう語るアルトの目からは、泪が零れている。その姿を、いつの間にか降りていたアニールらも目撃した。アルトは首を大地に向け、


「すまん、ここいらを散策していいかな。」


 と申し出た。その眼には、かつての激戦が映っていた。


「ああ、どうぞ。私たちもここで何かあったのか勉強になりますし。」


 とアニールが答えた。そうして七人がそれぞれ散策し始めた。


「ん。」


 と、アニールはかつて戦場だった大地の真っただ中に乗った灰色の髪の女性が馬を駆っているのに気付いた。若い。


「あ。くそ!」


 と向こう側も気づいたらしく、馬を急に止めて降りてきた。そして、刀身がアニールの腕の三倍、鍔が左右に突き出ている剣を背中から右手で抜刀した。


「え?」


 いや、とアニールは目を凝らした。


 片手でクレイモアっつう大剣を持てるわけがない。


 アニールはそう思った。そして、アニールの頭の中にこれまたありえなさそうな想像が浮かんできた。


 灰の髪って、師匠の言ってた光の民なのかな。瞳も灰だし。


 いやいや、とアニールが首を横に振ってその想像を消した。


「やはり貴様も鼠衆会の者か!」


 といきなり灰色の髪の女性が怒鳴ってきた。アニールはすぐさま手を上げて、


「違う! なにか勘違いしてるんじゃないのか!」


 と叫んだ。そこへウインダムズが駆けてきた。


「だれ……え。」


 どうやらウインダムズも片手でクレイモアに驚いたらしい。


「え、えと、アニールさん、これは。」


 と訊いてきたところ、


「訳が分からない。」


 その後もアニールらの仲間たちが集まってきた。




「えーと、では貴様らは鼠衆会の者ではない、と。」


 と灰色の髪の女性が言ってきた。


「はい、そうです。」


 とアニールが不満げに肯定する。もう少しで大惨事になるところだったのだ。


「フードを被った白髪の可憐な少女に、半分火傷の貴様か……。どうやら、賊ではないようだな。」


 と灰色の髪の女性がアニールらを指さしながら怪訝な表情で呟いた。


「そっちが先に剣を抜いたんだ、名を答えろ。」


 とイヴイレスが怒りを表した厳しい口調で言った。


「ふむ、私に非があったな。すまない。ついさっきまで追われていたものでな。」


 と言った言葉にアニールら全員が身構えた。


「つ、つまりいまここらへんのどこかに敵がいると。」


 とウインダムズがあわあわした声で言ったのを、だろうな、とアルトが肯定した。


「そうだな、このメンバー全員で集まりながら安全を確認しよう。」


 とアニールが提案したところ、


「うむ。」


 と灰色の髪の女性が頷いた。


「そういえば、まだ言ってなかったな、レイザ・ティアーラだ。」


「はい、よろしく。」


 とアニールが言って、アルトが次々と指示を出した。安全確認の途中、アニールはレイザを横目で、ちら、と見た。


 光の民は体が弱いのが特徴でもある。やっぱ強すぎるフツーの女子なのかな。


 周囲の安全確認が済んだので、野盗の襲撃の可能性があるから旧戦場で野宿を決めたところ。夕方、イヴイレスとアニールとユーアとレイザが火を取り囲んでいる


「鼠衆会、と言ったな。何だ、それは。」


 とイヴイレスがレイザに訊いた。敵は何なのか、レイザは本当に味方なのか、それを見極めようとしている。


「うむ、知らないのか。では、説明しよう。」


 と前置きして、


「私も人から聞いた話で、詳しくはわからぬが。かつての戦争のせいで生み出された、最大級の盗賊団だと聞いている。私を追っていたのは、鼠衆会だと名乗っていた。」


「それでどこを拠点に。」


 イヴイレスがレイザに迫る。


「んむ、かつてのエイジリア圏とヴェールの境目あたりにいるらしい。あとはル・ラール国があったところにも進出してるらしい……。」


「ル・ラール。」


 その単語に、アニールは右手で顎を撫で、冷や汗をかいた。


「どうしたのです、アニールさん。」


 とユーアが心配そうにアニールの顔を覗き込んだ。アニールは、ユーアのローブの背中の所がちょっと盛り上がったのに気付いてすこし心配になった。


「師匠の話だと、私の生まれ故郷らしいんだよね。」


 と、そっとつぶやくように言った。


「そうか、それは心配だな。」


 とイヴイレス。


「貴重な情報、ありがとうございます。」


 とイヴイレスはレイザに向き直って頭を下げた。頭を上げて、


「今後の戦闘の為にお聞きしたい。弓は使えますかな。」


 と訊いた。


「うむ、使える。」


「槍は。」


「使ったことはない。」


「魔法は。」


 魔法、のくだりでレイザは少しばかり困惑したような顔つきになったが、すぐに平常を取り戻して


「いや、苦手だ。」


 と言った。一連の会話にアニールは違和感を感じたが、胸にしまった。レイザの顔がユーアの方に向いた。


「時に、ユーアと言ったか。日中もローブを着ていたが、そんなに寒いのか。」


 少しばかり、ユーアが動揺した。


「あぁ、ユーアちゃんは日差しに弱いんでローブ着てるんだ。」


 とアニールがすぐさま弁解した。


「なら馬車の中に戻った方がよろしいのでは。」


「いや、寒いからここにいる。」


 とユーアが即返した。

 その日の真夜中、アニールとエルベンが見張りで起きている。エルベンは周囲を警戒すべく神経を尖らせているが、アニールは闇夜に浮かぶ三日月を眺めている。それに気付いたエルベンがアニールの肩に手を置く。


「どうしたんだ、気になることでもあるのか?」

「……鼠衆会の話、聞いたでしょ。当分の敵になるなぁって思ってたところ」


 エルベンを振り返るアニールの瞳はいつも以上に鋭い。まだ見ぬ敵に敵意を燃やしている。


「そうか。だが月を見るのは程々にしてくれ。襲われてしまったらたまらない」

「済まなかった。気をつけるね」


 その後、アニールは見張りに戻る。胸に抱いた決意を感じながら。




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